RSS



  ショートストーリー  【自転車は風に乗って】短編小説 

 

(三十九)電動アシストに乗った祖母

(三十九)電動アシストに乗った祖母 

軒下に二台の自転車が並んでいる。翔太が通学に使っている自転車と母親の奈美が通勤に利用している電動アシストである。四月、翔太の高校入学のお祝いに祖母の君枝がプレゼントしてくれた自転車は半年が過ぎ、車輪のフレームやサドルなどにツヤがなくなってきている。電動アシストは奈美が最寄の駅まで乗っていく。購入して間もないこともあって、電動アシストの注目度が高い。

驚いたことには祖母の君枝がペダルを漕いだことだった。「近くまできたから、ちょっと寄ってみた」という君枝は「あら、これが、電動アシストという自転車ね」といって、いきなり、サドルに跨ったのだ。君枝が自転車の乗るなんてことはイメージとして浮かばなかっただけに、奇異な感じがする。君枝は「なにいってるのよ。これでも若いときはよく自転車に乗っていたのよ」とさらりといってのけた。「将司は知っているでしょう」。息子の将司はもやもやした顔をしながらこっくりと頷いている。

教員をしていた君枝は学校に自転車で通っていたというのだ。「翔ちゃんの高校の児島君も自転車だっていうじゃない」。部活顧問で教頭の児島は雨の日でも合羽を着て自転車に乗ってくる。「へえっ、児島先生はおばあちゃんの真似をしているわけ」と妹のさやかが妙に感心していると、「違うわよ、彼はただ自転車が好きなだけ」と笑ってみせた。電動アシストで近所を一回りしてきた君枝は「これ、快適。軽いし、ちょっとした坂道でも楽よね。私も買っちゃうかな」といって、将司から「オフクロ、年を考えろ」とたしなめられ、「なにいってるの。足腰も頭もまだまだ健在」といって太腿を手のひらでぱんと叩く。もしかしたら、君枝は本当に電動アシストを購入するかも知れない。好奇心旺盛で、最近、踊りを始めたといっていたので、まさかが現実になることも考えられる。

電動アシストの登場でどことなく、話題からそれてしまった翔太の自転車だが、翔太はこの自転車が気に入っている。体の一部になっているというか、自転車は話し相手になってくれているような気がしているのだ。通学の途中や、近くの公園や図書館などに出掛けるとき、知らずしらずに自転車に語り掛けているとこがある。部活での悩みや、クラスメイトとの軋轢、葛藤などをストレートにぶつけられるのだった。それに、応えてくれるのがこの自転車なのだ。決まって「大丈夫、なんとかなるさ」「もうちょっと、前を向いてみよう」と背中を押してくれる。

といって、電動アシストを視野から遠ざけているわけではない。きちんとその存在は認めている。翔太は何度も電動アシストに乗っている。たしかに、祖母のいうように軽いし、快適である。坂道だってすいすいだ。しかし、それはそれ、これはこれ。やはり、通学には従来の自転車がいいと翔太は思っている。

思いのほか気に入っているのがさやかだった。ふだん、自転車には見向きもしない妹が、電動自転車に乗る機会が増えている。先日、駅に隣接されている駐輪場から出てきたところを目撃した。人違いだろうと目をこらしたら、間違いなく妹だったので、意外な感じを受けた。街で見掛ける自転車の多くが電動アシストに切り替わってきたような感じがする。数年前までは、物珍しく見ていたけれど、いまや日常の景色に溶け込んできた。それだけ、普及したということだろう。

「それはそうと・・・」と君枝が顔をあげて奈美とさやかに視線を投げ掛けてきた。「この家の女性は逞しいわね」。奈美は勤務先が推進している研修制度を使って会計士の資格を取得しようとチャレンジしているし、さやかは好きな英語を駆使できるような職に就きたいと、将来の設計図を描いて語学に磨きを掛けている。「それに比べると男は・・・」といって、将司と翔太を見比べる。孫の翔太はともかくとして、息子の将司がどうにも歯痒くて仕方がないのだ。「あなた、仕事のほうは大丈夫なんでしょうね」と念を押してくるので、またかよという顔をして将司は「まあ、なんとか」と小声で対応する。「奈美さんに感謝しなさいよ。私は男が働かなくちゃいけないという考えはもっていないけれど、家族の支えになるような存在でいてほしいのよ。経済的にということじゃなく、心の礎というのかな、おとうさんがいるという存在であってほしいのね」。激励なのか、戒めなのか、将司は「了解」と意味不明なことを呟いて薄笑いを浮かべた。父親は十分、家族の支えになっていると翔太は思う。優柔不断と見られがちだけれど、将司がいることで案外、家庭のバランスが保たれているのかも知れない。口にはしないが、翔太は将司を尊敬している。今年も残り少なくなってきた。来春に向けて家族のそれぞれが舵を切ろうとしている。


コメント

[コメント記入欄はこちら]

コメントはまだありません。
名前:
URL:
コメント:
 

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://blog.shopserve.jp/cgi-bin/tb.pl?bid=100014016&eid=43