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  ショートストーリー  【自転車は風に乗って】短編小説 

 

(三十一) (三十二)(三十三)

(三十一) 家族、馴染の蕎麦屋さんも知るところとなり

「翔ちゃん、今度、『不思議倶楽部』を代表して全国大会でスピーチするんだって」

奈美が嬉しそうに言う。

「えっ、そんな話、誰から聞いたの」

「おばあちゃんがいってたわよ」

発信源は元教師の祖母・君枝である。教頭の児島先生は教え子なのでおそらく、児島経由で情報を入手したのだろう。君枝は孫の部活顧問が児島先生と知って急接近している。それまではお互いに連絡を取り合っていなかったが、翔太の存在が結果的に二人を結びつけた形になっている。

「まだ、決まったわけじゃないよ。部長もいるし、副部長だっている。僕はまだ一年生なので出る幕じゃない。こういう話はとかく独り歩きするから軽々に口にしてほしくないな」

翔太は釘を刺した。

奈美がにこにこしている。

「隠さなくっていいのよ。もう、ばればれ。ぜーんぶ、分かっているの」

そういって、奈美は全国大会の用紙を差し出してくる。

「こんなものまで持ってんだ」

さすがにこれには驚いた。

「うん、おばあちゃんがFAXで送ってきたのよ」

いくら児島先生が祖母の教え子だからといってこれはやり過ぎじゃないのか。

「少しは孫の立場も考えてほしいよ」

翔太はうんざりしていた。

こういう話は黙っていても拡がっていくものである。奈美は夫の将司と娘のさやかに伝えると、これがどういうわけか蕎麦屋「長寿庵」店主の昭二おじさんまでが知っていた。帰り道、蕎麦屋の前を自転車で通るとおじさんに呼び止められた。

「翔太、今度、なんちゃら大会で演説するんだってな。たいしたもんだ。おじさんも鼻が高いよ」

おじさんはなかなか解放してくれない。

「そばでも食っていけ」

翔太は半ば強引に店内に引きずり込まれた。順子おばさんが笑いを浮かべて二人を見守っている。

「だってよ。翔太はまだ一年だろう。それなのに上級生を追い越して独り舞台に立つんだからな。なにかお祝いをしなくちゃ」

「あのね、誤解をしてもらっては困るけど、僕はただの代弁者なの。話の骨子は顧問の先生や部長が考えてくれるので、僕でなくたってよかったわけよ」

「でもさ、誰でもいいってわけにはいかねえだろうよ」

翔太は好物の冷やしたぬきを頬張りながら繰り返し、誤解をしないように説明していったが、おじさんはどこまで分かったのか。思い込みが強いので、一端、こうだと判断してしまうとそれを軌道修正するのは骨が折れた。

「おじさんも翔太の演説を訊きに行こうかな。いつだ、日にちは」

冗談ではない。それに会場には部外者は入れないだろう。そのへんは確認していないが。日程は決まっているが、口には出さないでおいた。

「まあ、いつでもいい。日にちを教えてくれよ」

おじさんはその気でいるのだ。

「でも、このお店があるでしょう」

つまらないことを口走ってしまったと、言ってから気が付いた。

「なあに、臨時休業にすればすむこった。どうってことねえよ。なあ・・・」

おじさんはそう言って順子おばさんのほうを振り向く。おばさんはなにも言わずにただにこにこしているだけだ。

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(三十二)なるようになれ、なんとかなるさ

「よろしく・・・」

翔太は自転車のハンドルをぽんと叩いた。

「緊張しているようだけど、なーに、なんとかなるさ。なんともならないことなんてまずないからね、大丈夫」

自転車はこう言って励ましてくれたように翔太には思えた。

「それにしても・・・」

数日前の光景が思い出される。スピーチ原稿をどうするか。翔太はサークル誌『不思議倶楽部』の部長である広瀬が草稿を書いてくれるとばかり考えていたが、アテが外れた。「自分の好きなように話せばいいんだから、原稿なんていらない」と突き放すように言ってきたのだ。副部長の麻美に泣きつくと彼女も「原稿棒読みのスピーチをしても心に届かない」とにべもない。顧問で教頭の児島先生は「われ関せず」の姿勢で付け入る余地がなかった。といって、原稿を用意しないでスピーチするほどの度胸もないので、翔太は自分なりの見解をまとめた。それを広瀬にみせると「いいんじゃないの、これで」とまるで他人事である。いや、そういうポーズをとっているだけかも知れないと、翔太は勝手に解釈した。

そして、日曜日の当日を迎えた。会場まではなんとか自転車で行ける距離なので、翔太は自転車を使うことにした。車輪を漕いでいるうちに、いい知恵が浮かぶのではないか。楽観的にそうみている部分もある。

「なるようになるっす」

自転車にまたがると、どこからかそんな声が聞こえてきた。

そこに、広瀬の呟きが重なってくる。

「あのね、バックナンバーと編集方針などを記したものは事前に事務局に届けてあるので、審査員は個々に目を通している。各校代表のスピーチはあくまでも形だけで、話の内容が順位に影響するなんてことはないから安心しな」

全国大会は参加三十二校によって競われる。開始は午前十時。翔太の高校は十二番目で、順番はあみだくじによって決められた。一校のスピーチ時間は十分と決められているので、ほんのさわりの部分しかアピールできない。そう考えて気楽に臨めばいいのだけれど、翔太にとっては初の晴れ舞台。檀上に立ったら緊張はピークに達するだろうことは容易に想像できる。

家を少し早目に出たので会場には開始三十分前に着いてしまった。まだ、誰もきていないだろうな。割り当てわれた控室に行くと、すでに、広瀬、麻美がいて、児島先生の顔もあった。

「遅いぞ、翔太」

広瀬が笑いながら言う。

それを受けて麻美は茶々を入れる。

「先輩たちよりあとからくるなんて、君はけっこう大物じゃん」

部員たちはめいめい勝手なことを口ずさんでいる。

「それはそうと・・・」

児島が難しい顔を向けてきた。

「昼、どうするんだ。弁当は出るんだろう」

なにを考えているかと思ったら昼食のことだった。朝ごはんを抜いてきたので腹が減っているのだ。

「事務局から幕の内弁当が支給されるっていってましたよ。ペットボトルのミネラルウオーター付きだそうです」

麻美がそう言うと、児島が仕切に首を振っている。なんらかの意思表示をしているときの癖だ。

「どっちかっていうと、のり弁当のほうがよかったな」

部員たちは笑いをかみ殺している。

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(三十三) 全国大会でまさかの「銅賞」に輝く 


翔太は懸念していたことがひとつあった。家族が会場にやってくるのではないかということだ。後方に椅子席が用意され、それがけっこうなスペースを割いているのだった。参加校の関係者たちのために設けられたものとは聞いているが、そこに翔太の祖母の君枝や母親の奈美がやってこないとも限らない。要注意は祖母だった。サークル誌・紙の全国大会に参加することが決まってから翔太は意図的に祖母と接触することを避けてきたけれど、祖母は教頭の児島先生と繋がっているので、油断ならない。

檀上にあがると一瞬、空気がとまった。視線がいっせいに翔太に向けられてくる。スピーチは三番目。観衆も選考委員たちもまだ緊張の糸がほぐれていない時間帯なので、会場はぴんと張りつめている。前列に陣取っているのが翔太の部活スタッフたちだ。顧問の児島先生は腕を組み、部長の広瀬がなにやらいいたそうな目を向けている。麻美はにこにこ顔。目を遠くにやると関係者席に祖母、奈美、蕎麦屋「長寿庵」の昭二おじさんがいた。

「やっぱり・・・」

胸の内で呟いて家族の姿をいったん横に押しやった。

スピーチはこれといった予行練習をしなかったのでぶっつけ本番だった。部活の活動状況を説明したあと、部員の横顔を自分なりに紹介していく。そこには顧問の児島先生も含まれている。個々の部員のエピソードなどを添えながら話した。ユーモアがあったせいか時折り、会場に笑いが起きた。奇をてらうことなく、飾りのない話が笑いを誘ったのだ。長いようで、あっという間の十分。翔太はどう筋道を立てて話したのか覚えていない。昭二おじさんが「V」サインを送っている。檀上から降りた途端、緊張の糸がほどけてどっと疲れを感じた。

仲間のいるところに戻ると、児島先生が肘で翔太の横腹を突いてきた。笑いをこらえた目をしている。

「僕の趣味がひとりカラオケだなんて、誰がいった」

麻美も口を尖らせてきた。

「そうよ、私のどこがミーハーなのよ」

それぞれの部員が忌憚のない感想を述べてくる。

広瀬がぽつりと言った。

「いや、よかったよ。部員の横顔をじつにうまくとらえていた。自分の言葉で話したのも好感がもてた」

部長の広瀬も好意的に受け取ってくれので、翔太は肩の荷を下ろしてぺットボトルの水をごくりと飲んだ。

広瀬が耳打ちしてくる。

「エピソードは事前に考えていたのか」

「即興で思いつくままに」

翔太が小声で答えると広瀬は納得したように続けた。

「そうだよな、シマは一人カラオケが好きだなんて、本題のスピーチからすればどうでもいいようなことだもんな」

シマというのは児島先生のニックネームである。

大会は粛々と進行していった。ただ、スピーチはカラオケと一緒で、最初のころに熱心に耳を傾けていた人も、そのうちに中だるみがでてきて、あとは、ほとんど訊いていないような状態になった。後半のおしまいのほうにスピーチする高校は気の毒としかいいようがない。

世の中、何が起こるか分からない。なんと『不思議倶楽部』が「銅賞」になったのだ。入選はおろか、順位としては泡沫に限りなく近いだろうと予想していたのだから驚いた。理由は「ユニークな発想で楽しみながらサークル誌に取り組んでいる」というものだった。そんな高尚な志をもってやっているわけではないのでむず痒い。ミーハーなだけで、なんでも面白がっているだけである。広瀬は静かにガッツポーズをとった。

自転車で帰宅中、翔太の目が涙で濡れていた。充足感に酔っていたのかも知れない。


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