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  ショートストーリー  【自転車は風に乗って】短編小説 

 

(二十五) (二十六) (二十七)

(二十五) 昆虫は家族に内緒で・・


昆虫は庭先の収納ボックスの中でひっそりと過ごしている。軒下には翔太と奈美の自転車が置いてあり、収納ボックスはその向こうにあるので、居間からは自転車が障害物となって見えにくい。隠し場所としては無難なところだろう。

この昆虫は暑さに強く、逞しい生命力を有している。夜行性ということもあって薄暗い収納ボックスは住環境としては申し分ない。餌を与えていれば放っておいても生きているので飼育するほうとすればこれほど手間の掛からない昆虫もいないだろう。

食に関していえば限りなく貪欲で、雑食性というところも飼いやすい。将司が飼っている昆虫の好物はたまねぎとマヨネーズ。とくに、油で炒めたタマネギには目がなかった。果実もお気に入りだ。スイカ、メロン、ぶどう・・・。というと、けっこうグルメな感じがするが、この昆虫たちはどちらかというと人の食べ残したところや、料理に使わないで捨ててしまう部分を喜ぶ。悪食なことから残飯清掃屋というイメージが強いが、昆虫のプライドのためにもいうなら、断じてそうではない。黒い光沢、敏捷な動き、不気味な風体からとかく人から憎悪の対象にされているが、見た目によらずナイーブなところもある。

飼っていくうえでのポイントがいくつかあった。ひとつは餌をやり忘れないこと。空腹になると共食いする恐れがあるからだ。もうひとつが水は一日に最低一回は取り替えることである。水浴びが好きなことから新鮮な水を絶えず補給しておかないと、機嫌を損ねて嫌な匂いをまき散らすのだ。

将司は早朝と夜との二回、家族に内緒で収納ボックスの中をそっと覗いて昆虫の健康状態を確認しながら餌を与え、水を取り替える。そんな日がすでに十日以上も続いている。何事にも飽きやすく三日坊主の将司にしては珍しいことだった。

好きでもない昆虫なのにまたどうして?

そんな問い掛けをされても将司はうまく説明できないだろう。

「なんとなく」

おそらくこう答えるに違いない。

昆虫でも動物でもそうだけれど、飼い続けると親しみがわいてくるが、この昆虫に限ってはそういうことがないのだ。といって、虫かごから野に放つということもあまり気が進まない。殺虫スプレーで殲滅させてしまうのも憚れる。将司は知人から虫かごを押し付けられたとき、突き返すことができなかったという負い目があった。迷いを引き摺りながら飼っているというのが偽らざるところである。

昆虫に餌と水をやり終えて家にはいると、娘のさやかがパジャマ姿のまま怪訝そうに訊ねてきた。

「おとうさん、なにやってるの」

娘は母親と似て嗅覚が鋭い。

「ちょっと庭の植木に水を」

将司は出まかせをいった。

奈美は草花が好きでよく鉢植えを買ってくる。庭先にはそれらが雑然と並んでいる。

「お母さん、植木鉢を買ってくるのはいいけど手入れをしないだろう。忙しいみたいで、ほったらかしだもんな」

皮肉をいれてみたが、さやかには届いていなかった。

「気まぐれでなくてさ、鉢植えの世話をするんだったら毎日やってよ」

「わかったよ」

昆虫のことを察知されたら大騒ぎになることは目に見えている。父と娘の話し声が聞こえたのか、奈美が二階から欠伸をしながら降りてきた。

「朝からなにかあったの」

奈美がさやかと同じような目線を向けてきた。

「なんにも」

と将司はしらばっくれる。

「あなた、最近、朝、早いわよね」

「俺も年かな、早く目が覚めてしまうんだ」

時刻は五時半を過ぎたばかりである。


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(二十六) 将司の奇妙な行動 


翔太が父親の将司の妙な行動に気づいたのは、部活で遅くなった日のことである。自転車を軒下に停めていると、目の前にある収納ボックスから将司がぬっと姿を現した。翔太は暗がりの中で目を凝らした。
「誰・・・」
思わず息を飲んだ。
「だははは、俺、おれ、オヤジだよ」
将司のどうでもいい声がした。
「ったく、脅かすなよ」
翔太が口を尖らせる。
「酔狂なドロボーかと思ったんだろう」
「そんななんじゃねえよ」
将司は半ズボンにランニングという風呂上りスタイルでサンダルを履いている。その恰好自体は珍しくもなんともないが、小脇に二リットル入りのペットボトルと発砲スチロールの小皿を抱えていた。
「こんな時間にここでなにしてたの」
将司は息子の問い掛けには答えずに
「遅いじゃないか」
声がうわずっている。明らかに動揺していた。
この日、翔太は自転車でなく、電車を使って高校に出掛けた。翔太がサークル誌の編集作業で遅くなるのは今朝、将司にも伝えたはず。それを驚いたような顔をするのはおかしい。それよりも、ふだん、見向きもしない収納ボックスに出入りするのはどうみても奇妙な行動である。
「なにか必要なものでも探してたの」
「いや、なんでもない」
将司は都合の悪いことがあると言葉を濁す。
「ふーん」
といって翔太は引き下がった。母親の奈美や妹のさやかと違ってあれこれ詮索するのも面倒だったので、何も見なかったことにしてリュックを背負ったまま玄関のドアを開けた。
「たらいまー、腹ぺこぺこ」
スニーカーを玄関で脱ぎ捨ててドシドシと足音を響かせなから居間に向かう。テーブルで新聞を拡げていた母親の奈美が笑みを浮かべた。
「お帰り。頑張っているわね」
奈美は仕事、趣味、学業などに夢中で取り組んでいる姿が大好きだ。それが前向きの生き方に繋がってくると確信しているところがある。
「ごはん、それとも先にシャワーにする」
「シャワー」
夏場はほとんどこのスタイルだ。
「夕飯は翔ちゃんの好物のトンカツよ。すぐに揚げるから」
奈美はことのほか機嫌がよく、ふんふんと歌を口ずさんでいる。
シャワーを浴びながら、翔太は今日の出来事を振り返った。部活での会議、顧問である児島教頭の行動、そして、いましがたの狼狽した将司・・・それらが一枚の写真になって次々と現われてくる。
突然、猜疑心がむくむくと頭をもたげてきた。
「オヤジ、あの収納ボックスの中でなにかを飼っているのだろうか」
猫か、あるいは犬か。そうであれば、鳴き声がするはずだが聞こえてこない。そもそもこの暑い中、密室で生きものを飼うことは不可能。一体、どういうことなんだ。ペットボトルと小皿を抱えていた父親の姿が頭の中からなかなか消えなかった。


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(二十七)収納ボックスの中は異常なし

父親の将司は寝転びながらプロ野球ニュースを観ている。贔屓の巨人が終盤になって逆転したので勢いづいて飲んでいる。顔はテレビ画面のほうを向いているが酔いで目が泳いでいた。母親の奈美と妹のさやかの姿はない。奈美は仕事の資料に目を通さなければいけないと、将司にトンカツを食べさせると早々に自分の部屋に引き上げていった。さやかも英語の検定試験に向けて自室でテキストと向き合っている。

翔太は居間のテーブルにサークル誌『不思議倶楽部』の台割を拡げ、秋号で担当する6ページの原稿をどう書いていいのか取材ノートと資料とを見比べていた。テーマはまたも自転車。タイトルは「車輪を漕いで山登りのなぜ」。自転車で富士山などの山に登ろうとするマニアが増えてきたことを受けてのリポートである。車輪を漕いでの山岳登山第一人者にも話を聞いた。忙しい人なので取材を引き受けてくれることはめったにないのだが、高校生ということで興味をもったのかも知れない。意外にすんなりとOKしてくれた。

しかし、翔太はまったく別のことを目論んでいた。将司がプロ野球中継に釘づけになっているのを幸いに、収納ボックスの中を調べてみようと思い立ったのである。俊敏に行動しなければいけない。翔太はそろりと玄関を開けた。風がなく、秋が忍び寄っているというのにむっとした熱気がまとわりついてくる。

収納ボックスは自転車の前輪と向き合うような位置にある。万が一、将司が気づいて声を掛けられたら、まあ、それはないだろうが、もし、そういうことになったら「自転車の調子をみている」とかいって、その場を取り繕えばいい。

翔太は音を立てないで収納ボックスをそろりと開けた。明かりがないので中は真っ暗である。物事ひとつしない。日曜大工用品とモップの濃い影があり、足元にペンキやスプレー缶などが詰め込まれたダンボール箱がいくつか転がっているほかは、目新しいものは見つからなかった。

「なんにも変ったところはないじゃん」

ちょっとしたミステリーを期待していた翔太はちょっとがっくりした。

居間に戻ると、将司は腕枕をして横になっていた。目を閉じて軽い寝息を立てている。プロ野球のゲームは終了して、画面はバラエティー番組になっている。テレビの前までいってリモコンの電源を切ると、将司は翔太の足音で目を覚ました。

「なんだ、まだ起きていたのか」

大きなお世話だ。

「もうちょっとしたら寝る」

「部活、忙しくて大変だな」

将司が目をこすりながら訊ねてきた。

「あ、そう、そう。明日も学校に出掛けるからね」

「楽しそうだな」

頭をぽりぽり掻きながら将司がにやっとした。

「そうみえる」

「ああ。いいよな、翔太の年頃は」

将司はどこか遠いところをみるような目で呟いた。

「俺、もう寝るから。おやすみ」

息子が二階にあがっていったのを確認すると、将司は冷蔵庫からペットボトルを取り出し、水をグラスに注いで一気に飲み干し、やれやれと胸を撫で下ろした。将司は予防線を張っておいた。翔太がシャワーを浴びているとき、収納ボックスの中の虫かごを縁台の下に移動したのだ。それで、翔太に発見されずにすんだのである。もっとも、暗いので虫かごがあっても見つからなかったかも知れない。しかし、念には念を入れて、収納ボックスに消臭スプレーを振り掛けておいた。

「やっぱり、移しておいて正解だったな」

将司は胸の中で呟いた。

いまのところ事の成り行きを把握しているのは、物言わぬ、自転車だけということになる。



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