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  ショートストーリー  【自転車は風に乗って】短編小説 

 

(二十) (二十一) (二十二)

(二十話) 「教頭の思惑」 

別に用事があったわけではないが、たまたま近くまできたので部室にはいったら『不思議倶楽部』顧問の児島教頭がいた。翔太はなんとなくこの教頭が苦手である。祖母の教え子ということもあり、意識しなければいいのだけれど、どうしても祖母を絡めてみてしまい、面と向かうとなぜか身構えてしまうのだ

児島教頭は『不思議倶楽部』のバックナンバーに目をとおしていた。翔太がそろりと部室にはいったときは仕切りのパーテーションで気がつかなかったが、すぐに人の気配を察知して顔を向けてきた。

「や、君か」

バックナンバーは開いたままである。

「あ、どうも」

翔太が緊張しながらぺこりと頭をさげて挨拶すると

「なんか用」

と教頭が訊いてきたので

「近くまできたので寄ってみたたけですから、いいんです」

そういって踵を返すと後ろから声が掛かった。

「もう帰るのかい」

「ええ」

というと

「時間ある。予定がなければちょっと話そうよ。いいだろう」

断る理由がみつからなかった。

「部活、慣れたかい」

入部して三か月。まだまだ駆け出し。全体のことがまだ把握しきれていない。

「覚えることが多くって」

翔太が正直に打ち明けると

「そうだよな。でも、焦ることはないよ」

児島教頭は穏やかな顔を向けてきた。

「自転車の原稿、初めてにしちゃまずまずの出来だったじゃないか」

「いや・・・」

翔太は顔を伏せて恥ずかしそうにしている。その姿を目の中にいれた児島教頭に閃きがはしった。今秋、部活の全国コンクールが予定されている。サークル誌を刊行している高校がその出来栄えを競う初めての大会で、『不思議倶楽部』もエントリーすることに決まった。このことはまだ部員の誰にもいっていない。大会では部員が活動状況などをスピーチすることになっている。審査員はバックナンバーと報告内容などを参考に審査して入選順位を決めていく。スピーチは部長の広瀬か、副部長の麻美を念頭に置いていたが、急きょ、翔太にしてみたらと思いが膨らんできた。

「じつは・・・」

そういってから、児島教頭ははたと軽率な行為に気が付いて自分を戒めた。まだ、報告する段階じゃない。もう少し、様子をみてからにしようと。

「いや、いいんだ」

自分の言葉がちぐはぐになっているのがおかしかった。

「君が広瀬君のサポートをしているって聞いているよ。この調子で部活を引っ張っていってね。麻美君なんかすごく期待しているんだから」

ホントかな。翔太は俄かには信じられなかった。

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(二十一話) 

麻美がポテトチップスを頬張りながら翔太に声を掛けてきた。

「きのうさ、シマとばったり出くわしちゃった」

シマとは児島教頭のことである。夏休みで、校内は閑散としているが、サークル誌『不思議倶楽部』秋季号の編集で部室は毎日、誰彼となく姿をみせていた。

「どこで」

翔太が訊ねると麻美の顔がみるみる好奇心で染まっていく。

「それがさ、なんとスーパーの地下よ。翔太も知っているでしょう、深夜営業しているあそこ。夜の九時過ぎだったかな、小腹が空いたのでお菓子を買いに行ったらレジのところに買い物かごをぶらさげてシマがぼうっとして並んでいたのよ。食パン、牛乳、たまねぎ、なす、キャベツ、マヨネーズ・・それと魚肉ソーセージもあったわね。少し離れた棚の陰からどんなものを買い込んでいるのか観察しちった。シマって童顔じゃない。なんか憎めないところがあるのよね。珍獣をみているみたいで笑っちゃった。シマは私に気がつかなかったけれど、ふふふ・・・」

児島教頭は小柄でぽっちゃりした体型。寸胴タイプといったらいいのか、体にメリハリがない。丸顔で黒い眼鏡を掛け、少年がそのまま大人になったような印象があり、よくいえばピュア、見方を変えればいかにも世間知らずのおじさんという感があり、一見したところでは若いのか、老いているのか分からない年齢不詳の雰囲気を漂わせている。

それでも、年相応に髪はかなり薄くなっていて、頭は抜け落ちた刷毛を乗せているように頭皮が透けてみえ、本人もそのへんは意識しているみたいで、残っている髪を寄せ集めてそれなりに整えてはいた。ときに、束にした髪がほつれたりすると時代劇にでてくる素浪人のようにざんばらになって顔に凄みがでてくる。自転車でやってくる児島教頭には駐輪場で決まって行う仕草がある。それは手鏡を取り出して髪の毛が乱れていないかを確認することだった。

翔太の父親である将司は髪こそあれ、年代的には児島教頭と同世代。スーパーで買い物をするのが好きで、賞味期限ぎりぎりの見切り品のタイムサービスを利用して値引きした生鮮食品を買うことに喜びを覚えている。

翔太は父親の姿を児島教頭に重ねていた。

「スーパーでかごを手に買い物をしたってどうということないじゃないですか。僕のオヤジだって楽しそうに、ウキウキしながらよくスーパーに出掛けていますよ」

将司は新聞の折り込みチラシをみるのが好きで、週末などに複数のスーパーが競ってチラシをいれていたりすると、それらを拡げて特売品の比較をしている。午前中に、あるいは夕方に限定した価格安の商品などに目をとめ、赤鉛筆でチェックしている表情は意外に真剣なもので趣味の領域を超えている。

「買い物が苦にならない、いや、買い物好きな男の人っているじゃないですか。児島先生もそうじゃないんですか」

翔太がそういうと、麻美は手をふりふりしながら否定する。

「たしかに、翔太のいうように、買い物が好きな男の人っているわよ。主婦感覚で予算通りの買い物が出来たとか、あるいは予算以下で済んだとか、思いも寄らぬ目玉商品をゲットしたとか。でも、シマってそういうことに一喜一憂するタイプじゃないの。うきうきしながら買い物をしているとはとても思えないわ」

どことなく麻美の眼差しが尖っている。

「そうですかね」

翔太は相槌を打ちながらも距離を置いた言い方をした。

「でも、人は見掛けによらないので児島先生も案外、楽しんで買い物をいているかも知れませんよ」

麻美は翔太の話などとんと訊いていない。


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(二十二話) 

「シマはさ、チョンガーだってこと、知ってる」

麻美が粘っこい目を向けてきた。児島教頭のニックネームである「シマ」は部室では友達感覚で飛び交っている。翔太はクラスメイトからそんな話を聞いた覚えがあるけど、教頭が独身だろうが、妻帯者だろが、どうでもいいことだった。

「誰かがそんなことをいっていたけど・・・」

というと、麻美の表情がぱっと輝いた。

「そう、シマってまじ独身なのよ」

タレントの芸能情報を独り占めしたような得意顔である。

「シマが自転車で学校にくるのを翔太は知っているよね」

「ええ、まあ・・・」

翔太も自転車通学なので何度か駐輪場で児島教頭と鉢合わせしたことがある。スーツにネクタイ、革靴、背中に臙脂色のリュックが定番だった。

「シマのリュックがやたらでかいのは買い物をして帰るからなの」

そういわれてみると、たしかに一回りサイズの大きなものだ。

麻美がワケ知り顔で続ける。

「もうひとつ、いいこと教えようか」

翔太の顔を覗き込むようにしていってきた。

「ここだけの話よ」

声のトーンがやや低くなる。

「シマってさ、時々、一人カラオケに行っているみたいなのよ。駅前にカラオケボックスがあるでしょう。あそこに」

そこは「カラオケビル」と呼ばれていて、週替わりでタイムサービスの懸垂幕が掛けられ、建物の前で客が待ち合わせをしている姿を翔太は何度か目撃している。

「広瀬君がさ、友達と一緒にカラオケに行ったときにシマが一人用のボックスから出てきたのを偶然みたんだって」

それが、どうした?教頭が一人カラオケに出入りしてなにか具合が悪いことでもあるの?といいたいところだったが、翔太は口をつぐんだ。それよりも、広瀬がカラオケ店に出入りしているというほうが翔太には意外だった。広瀬はサークル誌『不思議倶楽部』の部長で、生真面目な性格である。

「広瀬先輩はカラオケ好きなんですか」

翔太がこういうと麻美は笑いを含んだ顔をしながら

「ばっちし、大好き」

といって両手を拡げて輪をつくってみせた。

「私も広瀬君に何度か誘われて行ったわよ」

麻美もカラオケ好きだったのか。これも翔太の想定外のことである。

「へえっ、そうなんですか」

翔太の顔にいくつかの疑問符が浮いているのを感じ取った麻美が畳み掛けるようにいってきた。

「もちろん、部室のみんなとね。広瀬君と二人だけで行くわけないじゃない」

「そ、そうですよね」

翔太が慌てていった。

「でさ・・・」

麻美の関心は再び児島教頭に向けられた。

「シマ、慣れた感じだったというからあそこのカラオケ店の常連みたいよ。でもさ、シマがマイクをもって熱唱しているところなんてちょっと想像できないよね」

「たしかに」

堅物という鎧を背負っているような児島教頭の十八番の曲ってどんなものなのだろう。帰りは歌の余韻を味わいながら口笛でも吹いて軽快に自転車のペダルを漕いでいるのだろうか。

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