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  ショートストーリー  【自転車は風に乗って】短編小説 

 

(十七)(十八)(十九)

(十七) 「自転車で日本一周」 2014/06/27

翔太がサークル誌『不思議倶楽部』に寄せた原稿のテーマは「家出少年はなぜ、自転車で日本一周を目指したのか」だった。実際にあった出来事で新聞などに報道された記事をベースに少年の葛藤を描写したものだ。何度も書き直したが内容については満足していない。何を書きたかったのか、推敲を重ねていくうちに混沌として狙いが分からなくなってしまった。

それよりも翔太にとっての怖れは家族に知られることだった。そんな悩みを他の部員は知る由もない。

『不思議倶楽部』部長の広瀬は「着眼点がいい」と好印象を抱いていたが、新入部員に辞められたのでは困るのでおだてているだけなのかも知れない。副部長で広瀬と同じ三年生の麻美は「次号に書いたものをみないとなんともいえない」と突き放したようにいう。顧問の児島教頭は感想を述べることなくにこにこしている。翔太とすれば教頭は祖母の教え子という関係から二人が連絡をとっているふしが窺えるので、それが気掛かりだった。

大柄で存在感のある麻美が黒縁の眼鏡をずりあげて訊いてくる。

「翔太、スポンサーのほうはどうなの」

新入部員は広告取りからスタートする。広告といっても商業誌でなく、しかも高校のサークル誌なので額は知れている。とはいえ、数が集まればそれなりの金額になるので軽視できない。印刷費を補填するうえでも広告は欠かせないのだ。

「ぼちぼちってところですね」といって翔太がスポンサーを記したファイルを拡げて麻美にみせると「えっ、ウソ。ここ、広告を出してくれるんだ」と頓狂な声をあげた。何度となく足を運んだが門前払いをくっていたフィットネスクラブである。

麻美は丸い顔にぽつんと乗っている目をくりくりさせた。

「あんた、どういう頼み方をしたの」

「別に・・・。僕が行ったときにたまたまオーナーがいて、『不思議倶楽部』を差し出して事情を説明したら、なかなか面白い雑誌だね、うん、分かったと。それだけだったけど」

翔太がオーナーの太った体を思い浮かべながら話すと麻美は大きく頷いた。

「そうか。いままで交渉していたのはスタッフだったので決断を下せなかったのかも知れない。なるほど、オーナーなら即決できるよね」

翔太にとって広告を頼みに出掛けるのはそう苦痛じゃなかった。サークル誌という性格上、訪れる商店や企業はおむね好意的で、フィットネスクラブのほかにも新たに開拓したスポンサーがいくつかある。

「けっこう頑張ったよね。この調子」

麻美はこういって翔太をねぎらい、一見、優柔不断で頼りなさそうにみえるけれど、けっこう、面白い奴かも知れないなと翔太の原稿を脳裏に浮かべた。家出少年の自転車旅行はメディアの中でも賛否が分かれ、翔太は少年に同情的で、といって、流されているわけではなく自分の視点で書いた。おそらく、翔太も少年のように家をそっと抜け出して自転車で全国を回ってみたかったのではないだろうか。いや、いまも、そういう願望を胸に秘めているかも知れない。麻美はそう思いながら不器用なところがあるけど、今後、部活に必要不可欠な存在になってくるのではないかと期待を寄せた。部長の広瀬が「見どころがある」とほれ込んでいるのもなんとなく分かる。

「聞いたわよ。次の秋号では行きつけの蕎麦屋さんも広告を出してくれるんだって」

麻美が頬を緩めながらいった。


(十八)「馴染みの蕎麦屋も興味津々」2014/07/04

蕎麦屋『長寿庵』は翔太が広告を依頼したわけでもないのに、先方から連絡してきたのだ。店主の昭二おじさんは翔太の父親、将司の幼友達である。自宅が近いこともあり、幼い頃はよく店にいったが、中学生になると足が遠ざかった。それでも、顔を合わせればあれやこれやと気を掛けてくれる。それが鬱陶しいことも多々あるけれど、基本的に優しい人なので翔太は嫌いじゃなかった。

『長寿庵』は翔太の通う高校とは離れているのでスポンサーの「圏外」である。なのに、どこで情報を仕入れてきたのか、翔太が部活でサークル誌をつくっているということを知り、「うちも広告を載せてくれ」と申し出てきたのだ。さすが「歩くスピーカー」と異名をとるだけのことはある。

「翔太、おまえ文化系の部活にはいったんだって。不思議なんちゃらかんちゃらっていう雑誌を出しているクラブだって」

自転車で帰宅中、店の前を通り掛かったとき路上に打ち水を撒いていた昭二おじさんから呼び止められてこういわれたときには

「えっ・・・」

と絶句してしまったが、「おまえのことなら、ぜんぶ御見通しだ」といって不敵な笑みを浮かべたときは、ちょっと笑えてそのあとはもうどうでもいいような気持になっていた。

「僕が原稿を書いたことも知ってるんだ」

「ああ、不思議なんちゃらかんちゃら、店に置いてある」

昭二おじさんは笑顔を振りまきながら暖簾を掻き分けて一旦、店の中にはいって『不思議倶楽部』を抱えてきて、翔太の前で感慨深げにページをめくった。

「それにしても、翔太がものを書くとはな」

「関係ないよ」

翔太がぼそっという。昭二おじさんはなにか言いたそうな顔をしていたが、それを引っ込めて話題を変えた。

「お前、腹減ってないか」

店の中からいい匂いが漂ってきて、お腹がグウと鳴った。「冷やしたぬき」と「かつ丼」が無性に食べたい。

「おカネないよ」

昭二おじさんがぷっと吹き出した。

「翔太からおカネを貰おうとは思ってないよ。さあ、中にはいった、はいった」

『長寿庵』の営業は昼が午前十一時から午後二時、夜は午後五時から九時まで。時刻は五時を少し回ったところだったので、店内はまだ閑散としている。客で混み始めるのはもう少しあとだ。厨房で夫人の順子おばさんが忙しげに動いていた。

翔太の顔をみると、順子おばさんは手を休めて笑みを投げ掛けてきた。

「あらあら、珍しいお客さんだこと。おばさん、翔太君があんまり来ないから、もう顔を忘れそうだよ」

昭二おじさんは翔太に「かつ丼」を食わせてやれといって階段をあがっていった。住居兼店舗の『長寿庵』は二階を住まいとして使っている。翔太が「かつ丼」をがっついていると、昭二おじさんが二階から降りてきた。

「これ、これ」

といって、複写した紙を手にもっている。

「なに・・・」

箸をとめてそこに目をやると、翔太の書いたところを複写したものであることが分かった。

「どうするの、このコピー」

嫌な予感が芽生えた。

「新聞の置いてあるところに一緒に並べてみようかと」

冗談がきつい。いや、けっこうホンキなのだ。



(十九)「母親と妹もすでに知っていた」2014/07/11


「翔ちゃん、あなた、サークル誌の部活に入ったんだって」

母親の奈美がぽつりと言った。情報源はやっぱり蕎麦屋『長寿庵』の昭二おじさんか。

「うん、まあ・・・」

翔太が目を合わせないで無関心を装って答える。

「読んだわよ」

「・・・・」

口をつぐんでいると

「『不思議倶楽部』って高校近くの図書館に置いてあるのわよね。」

発信元は『長寿庵』ではなかったのだ。もっとも、サークル誌は広告を出してくれたスポンサーに送っているので高校界隈の飲食店で目にする可能性は高い。

「原稿、けっこう面白かったわよ。自転車で日本一周を目指した少年のことをよく思いついたわね。翔ちゃんが原稿を書いていたなんて知らなかった。学校で書いたの」

と奈美が訊ねてきた。

「そう、部室で」

本当は自宅だったが、そうは言わなかった。奈美が茶封筒から複写してきたものを取り出して拡げた。翔太の書いたページである。みたくもないものを突きつけられた感じだった。

「これ、誰かにみせたの」

というと、奈美がにっこりして

「さやちゃんにはね」

やっぱり。母娘は「共同体」だったんだと改めて思った。これで、またなにかとややこしくなる。妹のさやかは興味津々でこの原稿を読んだはず。翔太がなぜ自転車をテーマに選んだのかを訊いてくるだろう。それにいちいち答えていかないとさやかは納得しないので、そのへんが鬱陶しい。状況からすると祖母の君枝は先刻、目にしていると考えたほうがいいだろう。遅かれ早かれ、分かることだけれどもう少し家族に隠して置きたかった。

「おとうさんは知ってるの」

翔太が訊ねると奈美は首をかしげた。

「さあ、どうかしら。わたしは言っていないけれど。かりに知ったとしても、おとうさんはあまり関心を示さないんじゃないかな。ま、いまに始まったことではないけれどね」

父親の将司は家族の中でいつも置いてきぼりをくっている。

遅い食事がすんで、家族がそれぞれの時間を有効に使おうと居間から姿を消していく。奈美とさやかは自室へ。将司はテレビの前に陣取ってチューハイを飲みながらプロ野球中継を観る。根っからの巨人ファンだ。こういうときは何を話し掛けても上の空である。CMがはいったとき、翔太は自分の部屋に隠しておいた『不思議倶楽部』をもってきて将司の前に差し出した。

「ああ、例のものか」

驚いたふうもなくいってきたので意外だった。

「蕎麦屋の昭二から連絡があって店で読んだ」

やっぱり、そうか。

「これが、どうかしたのか」

将司は息子が苦心惨憺して書いた原稿よりも、佳境にはいったプロ野球の試合の行方のほうが気になるらしく、『不思議倶楽部』を突き返してきた。目がテレビ画面に釘づけになっている。

「まあ、部活、せいぜい頑張れよ。途中で辞めないようにな」

将司が無関心を装って他人事のような言い方をしてきた。翔太は父親の性格を知っているので

「うん。やれるだけやってみる」

答えた。



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