RSS



  ショートストーリー  【自転車は風に乗って】短編小説 

 

(十四)(十五)(十六)

(十四)教え子から情報が筒抜け 

祖母・君枝の家は自転車で行けない距離ではないけれど、翔太は電車を使った。帰りのことを考えると電車のほうが無難である。ドアチャイムを押して来訪を告げると君枝は待ち兼ねたように笑顔を振りまきながら玄関を開けた。

「いらっしゃい。早かったじゃないの」

君枝の目にはいった孫は身長が伸びて急に大人になったようにみえた。

「電車だったから」

孫の口数が少ないところは変わっていない。

「翔ちゃんの自転車姿をみたかったな」

自転車でやってくるものとばかり思っていた君枝は少し残念そうだった。

「今度、くるときに乗ってくるよ」

翔太はやや緊張した面持ちで自転車をプレゼントしてくれたお礼をいい、母親の奈美がもたせてくれたクッキーのはいった紙袋を差し出した。この洋菓子、けっこう人気があり君枝もその存在を知っている。

「あら、あら、奈美さんも気を遣っちゃって。もっとやることあるのにね。こんなことしなくてもいいのに」

「お母さんがよろしくっていってた」

「ふーん」

君枝の中に奈美のつんとすました顔が浮かんだ。「よろしくか、ま、そういうことにしておこう」と胸の内で呟いたあと、些細なことにこだわっている自分がバカらしくなってきた。翔太は絞りたてのグレープフルーツジュースを喉元をごろごろさせながら飲み終えた頃合いをみて、聞きたいことを訊ねた。

「それはそうと、翔ちゃん、面白いクラブに入部したみたいだね」

翔太のグラスを持つ手がぴたりと止まった。「なんで、知っているの」という驚きの顔をしている。

「その文化系クラブ、なんていったかな。『不思議倶楽部』とか。季刊でサークル誌を刊行しているんでしょう。顧問は児島先生」

翔太がこっくりと頷く。

「児島君はね、おばあちゃんの教え子なのよ。彼が教師になっているということは知っていたけれど、翔ちゃんの高校で教頭をしているとはね。聞いてびっくり。翔ちゃんが入部したクラブの顧問だっていうことも奇遇だわ。これもなにかの縁よ」

君枝は『不思議倶楽部』にやたら詳しかった。

「おばあちゃん、児島先生とじかに会ったの?」

翔太が恐る恐る訊ねた。

「そうよ。彼のほうから連絡があってね。今度、先生のお孫さんがうちの高校に入学して、しかも、ぼくが顧問をしているクラブに入部したと教えてくれたのよ。彼とはしばらく会っていなかったので、話が弾んでね。翔ちゃんとは学校の駐輪場で初めて会ったといっていたわ。彼も自転車で通っているんだって。あばあちゃん、嬉しくなっちゃって」

聞いているほうはまったくつまらない。気持ちは落ち込むばかりだ。家族に『不思議倶楽部』のことは知れるまで内緒にしておこうと考えていたが無理かも知れない。

それでも嘆願するだけしてみよう。

「お願いだから、僕がいうまでおとうさん、おかあさん、さやちゃんには黙っておいてね」

「了解」

君枝はこう言うのだが・・・・。


次週へ続く

----------------------------------------

(十五)さぐりをいれてくる祖母 

「やっぱり、こなきゃよかった」

祖母・君枝の家から駅に向かう途中、翔太の足取りはとても重かった。君枝はサークル誌『不思議倶楽部』の次号で翔太の原稿が掲載されることを知っていたのだ。

「好奇心旺盛なのもいいいけど迷惑だよ。まったく」

翔太がぶつぶつ呟いている。

さすがに君枝も「自転車の不思議」というテーマまでは把握していなかったが、誌面の性格、特徴など当の翔太よりも詳しかった。気持ちがむしゃくしゃしてきて、怒りの矛先が教頭にまで向けられた。

「児島先生もおかしい。いくらおばあちゃんの教え子だからといってこっちには関係ないだろう。一生徒のプライベートなことまで話すなよ」

君枝の嬉しそうな顔もしゃくに触った。孫がサークル誌に原稿を寄せることに目を細めて喜んでいるのだ。「期待しているわよ」といったが、それがどれだけプレッシャーを与えているのか。幼い頃から優等生だったおばあちゃんには到底、理解できないだろうな。

翔太の呟きはとまらない。

「おばあちゃんもおかあさんとよく似ている。自分の尺度でみるなっていうの」

背中のリュックも重かった。帰りしなに君枝から「原稿の書き方」のマニュアル本を持たせされたのである。押しつけられたといったほうがいい。無理やり荷物の中に詰め込んだのだ。英語塾に通っている妹・さやかに手渡す英会話のCDもはいっている。おまけに手にはおみやげのはいった大きな紙袋。手作り餃子と、昼に翔太がごちそうになったビーフシチュー、五目ちらし、漬物などがタッパーに小分けにされてはいっている。君枝には「しばらくうちの家族には黙っていて」と釘を刺しておいたが、話好きの祖母だけにどこまで約束を守ってくれるか。翔太の心の襞にはもやもやしたものが絡まっていた。君枝の洩らした一言も気になる。

食事をしているとき

「おとうさん、最近、どう?」

と君枝が訊ねてきたのだ。

「どうって」

鸚鵡返しに翔太が言うと

「仕事のほう、うまくいっているのかしら」

君枝の顔がちょっと曇って、息子を案じる母親の顔になったのである。

「ふだんどおりだよ。時々、お酒を飲んで帰ってくるけど、まあ、それも今日に始まったことじゃないしね」

最近、将司は早く帰ってくることが多くなった。翔太が学校から帰ってくると家でぼうっとテレビを観ている。しかし、そんなことは口にしない。

「相変わらず、マイペースというか。飄々としているよ。おかあさんはそんなおとうさんを軽くみているけど、ぼくはけっこう尊敬してるんだ」

翔太がこういうと君枝はにっこり微笑んで

「ありがとう」

とだけいった。

君枝は将司をどうみているのだろう。翔太はなぜか無性に自転車に乗りたくなった。

次週へ続く

----------------------------------------

(十六)自転車を押して父親と小公園に


帰宅すると、家族が揃っていた。父親の将司は頬杖をついてテレビをみている。母親の奈美は台所で包丁をふるっていた。妹のさやかは英語のテキストに目をやりながらウオークマンで英会話を聞いている。途中、携帯から奈美に連絡をいれ祖母の君枝から夕食のごはんとおかずを貰ったということは報告済みだ。

リュックからそれらを取り出したあと、翔太はさやかの前にさりげなくCDを置いた。

妹はそれが自分にとってどれだけ価値のあるものかが分かっている。

「え、これ、どうしたの」

びっくりしたような顔をしてイヤフォンを外した。

「おばあちゃんから。さやちゃんにプレゼントだって」

さやかの目が輝いた。

「すっごく、嬉しい。これ、ほしかったの。さすが、おばあちゃん」

英語の教材に関心のない翔太にとってはどうでもいいようなものである。将司もちらりとテレビから目をそらしたが、CDと知って眠そうな顔をしてまた画面を目を戻した。奈美はCDを手にとりしげしげと眺めながら

「お母さんもこれ、知ってる。英会話上達にはけっこう評判のCDよね」

勉強好きの母娘は呼吸がぴったりだ。学ぶことが苦手な父息子は素知らぬ顔をして目を伏せている。祖母から押し付けられた「文章の書き方」のマニュアル本は家族の誰にも見られないように引出しの奥に仕舞い込んだ。

夕食にはまだ少し早かった。君枝の家から帰る途中、ふつふつとたぎっていた自転車に乗りたいという気持ちは持続していた。

「ちょっと、自転車に乗ってくる」

翔太がこういうと、寝転んでテレビをみていた将司も立ち上がった。

「俺も散歩に行こうかな。少し運動してこないと」

奈美はちらりと男二人に目を向けた。

「もうすぐごはんにするから。早く帰ってきてよ」

玄関先でタイヤの空気を確認していると後ろから将司が声を掛けてきた。

「ちょい待ち。俺も行くから」

一旦、家の中にはいってすぐにドタドタとでてきた。灰色のジャージにサンダル履き。髭も剃っていないし、髪に櫛もいれていない。顔には白い粉が拭いている。その恰好、なんとかしろよといいたかったが、見てみぬふりをした。翔太は乗るタイミングを失って自転車を引いている。後ろから将司がついてきた。

「おばあちゃん、俺のことでなにか言ってなかったか」

近況をやんわりと訊ねてきただけである。

「別に、なにも」

「そうか」

将司はそれ以上は訊いてこなかった。

どこに行こうというわけではないが、二人はなんとなく近くの小公園に向かった。公園には人影がなく、肩を並べてベンチに腰をおろすと梢の間から風が流れてきた。

「飲むか」

途中、コンビニに立ち寄った将司がビニール袋から缶入りのアイスコーヒーを翔太に差し出した。暑いので、ほどよく冷えた缶の感触が気持ちがいい。

「俺はこっちだ」

といって、将司はロングサイズの缶ビールを手にした。奈美はさやかの目に触れたらそれこそ大事になる。将司は喉仏を鳴らして一気に半分ほど飲んだあと、ジャージのポケットから煙草を取り出した。

「ここ、禁煙だろう。灰皿ないよ」

翔太が冷たくいうと将司は百も承知だといわんばかりに、携帯の灰皿を拡げてぷかぷかと紫煙を吐き出した。

「こういう機転は利くんだよな」

無精髭を撫でながらひくひくと笑った。

コメント

[コメント記入欄はこちら]

コメントはまだありません。
名前:
URL:
コメント:
 

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://blog.shopserve.jp/cgi-bin/tb.pl?bid=100014016&eid=34

ページトップへ