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  ショートストーリー  【自転車は風に乗って】短編小説 

 

(十一)(十二)(十三)

(十一)なぜか、図書館に『不思議倶楽部』がある


趣味が自転車といったのは藪蛇だったかも知れない。翔太は悔やみながら部室をあとにした。「口は禍の門」とはよくいったものである。

困った。

そもそも、原稿なんて書いたことがないのだ。作文だってめったなことでは書かない。せいぜい、中学のときに読書感想文を記したことがあるけれど、それも嫌々である。ろくに本も読んでいないのだから、書こうにも文字が降ってこなかったというのが偽らざるところだった。 

 参ったな。

これが翔太のホンネである。

たしかに、自転車に乗っているときは楽しい。気分は浮き立つけれど、ただ、それだけ。なのに、「不思議」「謎」を絡ませて書けという。ハードルは限りなく高い。一体、どういうことになるのだろう。

日曜日、翔太は自転車で図書館に向かった。これといってアテがあるわけでもない。ただ、なんとなく。広瀬から与えられた「自転車の不思議」の原稿をどうまとめたらいいか。その道標になるようなものを求めていたのだった。とはいえ、図書館を利用したことがない翔太は閲覧の仕方が分からない。閑散としているかと思ったらけっこう混んでいて、窓口のカウンターでは係員が利用者の貸し出し、返却の対応に追われている。館内を巡回している警備員のおじさんが翔太にちらりと目を向けてきた。声を掛けられたらうっとうしいので、足早にその前を通り過ぎると、書庫の整理でもしていたのか、バッチをつけた女性が数冊の本を抱えてやってきたので、これ、幸いとばかりに自転車コーナーの書棚を訊ねた。

そこは狭いスペースに自転車関係の書籍がぎっしり並んでいた。ムック本、単行本、雑誌、写真集、小説、紀行文、随筆など。よくこんなに発表するのがあるなと思えるほど分野が細かく分かれていた。自転車乗りのマナーから歴史、人気車種、電動アシスト、サイクルスポーツ、アウトドア派の自転車選びなど多種多様である。なかには自転車に乗って登山を楽しむといった奇想天外なことをやっている人が書いた本もある。

翔太は片っ端からめくっていった。読むのでない、見るのだ。立ったまま小一時間ほど書棚と向き合っていた。ない、ない。「不思議」に該当するような参考本が見当たらないのである。ふっーと溜息をつくと、なんとなく気だるくなってきた。もともと集中力があるほうではないので、慣れないことをやるとどっと疲れる。入館したときに右手の奥のほうにあった新聞、雑誌がまとまって置いてあるコーナーを思い出した。

漫画は置いてないかも知れないけれど、なんか読むものがあるだろう。

翔太は書棚を離れそこに向かった。定期刊行物を置いているところは意外に広いスペースをとっていて、長椅子がいくつか向かい合って並んでいた。雑誌の棚が横長に伸びている。旅の専門誌を手に椅子に腰かけて頁をめくっていると、対面でみたことがある雑誌に目をやっている女性がいた。年齢は翔太の母親・奈美と同じぐらいか。

えっ、マジ・・・

翔太は心の中で叫んでしまった。『不思議倶楽部』に目をやっているのだ。表紙には閲覧用のスタンプ。ということは、この図書館が所有しているものである。翔太はすっと立ち上がった。棚に『不思議倶楽部』の枠が設けられて一年分のものが、自由に読めるようになっていた。「寄贈」とある。部長の広瀬は図書館に置いてあるとは一言もいっていなかった。翔太は不思議な気分になってきた。自分の書いたものが学校だけにとどまらずに多くの人の目にとまる。そう考えると気分が重くなってきた。

いまからでも遅くない。やっぱり、入部を断ろうか。弱気虫が疼き始めると翔太はマイナス要因しか考えられなくなる。

(次週へ続く)

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(十二)自転車を押して父親とカレー店で外食 

自転車で高校から帰宅すると父親の将司がいた。母親の奈美はまだ帰宅していない。妹のさやかは塾にでもいっているのか姿がみえなかった。ふだんなら将司はもう少し遅く帰ってくるのだけれど、なぜか、この日は早い。母親と妹の存在はあまり気にならないけれど、翔太は父親どういうわけか父親を無視することができなかった。

家族には『不思議倶楽部』のことは打ち明けていない。部屋でテーマである「自転車の不思議」の構想を練ろうかとぼんやり考えていだけに、将司の存在は想定外だった。

「なんで、きょうは早いじゃん」

将司は居間のテーブルで眼鏡をずり降ろして新聞を拡げている。

「ああ。仕事、暇だしな」

気のない返事がかえってくる。将司は友人の経営する工務店に臨時社員として勤めている。もともと望んで働いているわけではない。職がみつからずに当座の生活費を稼ごうとしているだけなので、仕事に対する意気込みが希薄なのだ。

「クビにでもなったの」

「なんで」

将司が曖昧な笑いを浮かべた。翔太は父親のこの顔があまり好きではない。言いたいことをいえない、いや、言おうとしない性格は自分とよく似ているからだ。

「これ、おかあさんからの伝言だ」

そういって将司は奈美のメモ書きを翔太に渡してきた。妹のさやかと急行の停まる駅前で待ち合わせをして最近、オープンしたイタリアンで食事をして帰るので適当に食事をすませてくれと書かれている。

「女同士、なんか話があるんだろう」

将司はさして気にも留めないでいう。奈美とさやかが時々、携帯で連絡をとりあって外食することは珍しくなかった。さやかにとって母親はよき友人でもあり、相談相手でもある。将司は娘からのけもの扱いされているほうが父親にとってはラクと考えているところがあり、さやかに関しては一切、干渉しない。父親とって感性の豊かな年頃の娘はちょっと近寄りがたい宇宙人なのだ。

新聞をたたんで将司がいった。

「翔太、俺たちも外食といこうか」

「いいけど・・・」

ホンネをいえば家にいたかったけれど、翔太はなぜか父親の誘いが断れない。弱い立場に甘んじているもの同士、通じ合うところがあるのだ。

翔太が自転車を押し、そのあとを将司がとぼとぼついてくる。二人がはいったのはカレー専門店。お手頃な値段なのは分かっているので将司が「奮発するから好きなものを食べていいぞ」と胸を張る。自転車を店頭のたまり場に駐輪した翔太はしっかりと鍵を掛けた。こんなところで盗まれたらシャレにならない。時間帯もあってか、帰宅帰りの人たちで店内は混んでいる。窓際の席はとれなくてレジ近くのテーブルに案内された。

「俺はとりあえず、ビールといこう」

メニューに目をやりながら将司がいった。そんな父親を娘だと眉をひそめるが、息子はおおらかだ。

「ここは居酒屋じゃないからね。あんまり言いたくはないけれど」

翔太にやんわりとたしなめられた将司が苦笑いを浮かべた。

「そんなことはわかっているよ」

ちょっとムキになった。

「じゃあ、ぼくはカツカレーにしようっと。あとコーンサラダ」

メモをとった店員がオウム返しにメニューの確認してくる。将司がぐいぐいとビールを飲む。嫌な予感がした。将司は飲みだすと止まらなくなるのだ。奈美やさやかがいれば厳しい監視役になるが、翔太では荷が重い。店をでるとうっすらと顔にあからみが差す将司の顔に剣呑なものが現われている。

「おとうさん、ちょっと寄っていくところがある。翔太、先に帰っていいぞ」

ビールが呼び水となってしまったのだ。結局、将司が帰宅したのはその夜、遅くなってからだった。呂律が怪しくなっていたのでかなり飲んだのだろう。上機嫌でのご帰還だった。翌朝、奈美の怒りがはじけ飛んだ。

「よく覚えていなんだよな」

将司はけろりとしている。あるところから記憶がぷっつんと途切れてしまったらしいのだ。珍しいことではない。

(次週へ続く)

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(十三)<祖母のところに自転車のお礼に>

「あ、そうそう。おばあちゃんから電話があったわよ」

翔太が風呂からでてきたとき母親の奈美に呼び止められた。

「いつ?」

「翔ちゃんがお風呂にはいっているとき。なんなら呼んできましょうかといったら、おばあちゃん、急ぎじゃないからいいって。手が空いたとき連絡してくれって。電話してあげてね」

奈美はそれだけいうと食卓に拡げてあった書類を茶封筒にいれてさっさと自分の部屋に引き上げてしまった。この家には第一線でバリバリ仕事をしている母親のプライベートルームはあるが、友人の会社でアルバイトをしている父親の将司には自分の部屋がない。いま奈美の使っているところはもともと夫婦の寝室だったのだが、甲斐性のない夫がそこから追い出されてしまったという構図である。居場所を失った将司は居間という大部屋に移ってきて、寝るときはテレビの前に布団を敷いているが、これはこれで満足しているようだ。一家の長が屈辱的な扱いをされているとか、どうにかならないかなどと不満を述べることもなく、それどころか深夜でも心置きなくテレビが観られるので居心地は悪くないのである。

その将司はまだ帰ってきていない。妹のさやかは自分の部屋で英語塾の宿題である発音の練習を繰り返し行っている。翔太はバスタオルをかぶったままコーラを口に含みながら祖母の君枝に連絡をいれた。

夜型の君枝にとっては午後の十時過ぎはまだ宵の口である。

「あ、おばあちゃん。ぼく、翔太だけれど。電話くれたんだって」

「そうそう。ちょっと翔ちゃんに話したいことがあるのよ。忙しい?そんなことないわよね。近いうちにおばあちゃんの家にこない?」

「話したいことってなによ」

「電話ではいえない」

君枝が含み笑いをする。

ひさしぶりに孫の顔でもみたくなったか。いや、いや、祖母に関してはそういうことはない。だったら、なんだろう。意味深な言い方をするのはいつものことだけど、話を聞くとどうでもいいようなことが多い。

「まあ、遊びがてらいらっしゃい。奈美さんには作れないような愛情たっぷりのおばあちゃんの手料理をごちそうするから」

皮肉たっぷりの嫌味を言った。嫁と姑のぎくしゃくした関係はどの家庭でも大なり小なりある。互いに一定の距離を置いて接していた。

翔太はプレゼントしてくれた自転車のお礼をちゃんといっていなかったことに気づいた。祖母は口頭でいわれるより、ハガキや手紙で感謝の気持ちを寄せられるほうがが好きなので、一筆記さないといけないなと思ってはいるが、まだ実現していない。

「自転車、乗り心地最高だよ。ありがとう。本当ならハガキを出さなくちゃいけないんだけれど、延び延びになっちゃって。ごめんね」

「いいのよ、そんなこと」

ふだんなら苦言のひとつもあるところだが、それがない。

「今度の土曜日なんかどう?」

君枝がさり気なく誘いを掛けてきた。

スケジュールをみるからとちょっと待ってなんて気の利いたことをいってみたいところだが、翔太にはもとからそんなものはなかった。

「いいけど、何時ごろ」

つい、君枝の話に乗ってしまった。ホンネをいえば行きたくなかったけれど、翔太はどういうわけか断ることが苦手である。嫌なのになかなかイヤとはいえない。そのへんは母親や妹とは正反対である。優柔不断なところは父親そっくりだった。

(次週へ続く)

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