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  ショートストーリー  【自転車は風に乗って】短編小説 

 

(九) (十)『自転車の不思議』

(九)  「部活の顧問も部長も自転車通学」

広瀬が棚のうえに積み上げてあるサークル誌『不思議倶楽部』の一冊を抜き取って翔太の前に差し出してきた。

「これ、最新号。季刊で年に四回発行しているんだ」

表紙は浮世絵で題字のロゴは勘亭流で縦書き。横文字全盛の時代に背を向けるような装丁は古色蒼然として歌舞伎の筋書みたいだ。しかも、見出しがあるわけでもなく目次をみないとどんな内容が盛り込まれているのか見当がつかない。初めて手にする読者にしてみれば奇妙な違和感を抱くだろう。もっとも、それが狙いだ。

「ざっとでいいから目をとおして」

どんな感想を抱くのか。広瀬は目の前にいる新入生の反応をみたかった。現在、部員は男三人女四人の計七人。慢性的な部員不足で一人でも多くの人材が欲しいところだけれど、誰でもいいというわけにはいかない。適材かどうか、この場はそれをみるための面接でもあるのだ。そんな広瀬の思惑など知る由もない翔太はまず奥付をめくった。編集後記などが掲載してある最後のページである。目次からでなくうしろから見ていく新入生に広瀬はちょっと驚いた。

「へえっ。君って面白い読み方をするね。ふつうは目次から順にみていくだろう。なのに、逆からだ」

誰から教わったわけではない。翔太は雑誌を拾い読みするときはいつもそうしている。だから、ふだんどうりのこと。広瀬は一見、頼りなさそうにみえるこの新入生に期待が膨らみ、案外、上出来のタマかも知れないとほくそ笑む。

翔太は部員紹介のところに記されている顧問に関心を抱いた。「児島」とある。

「この児島という人は」

翔太は広瀬に目をやった。

「ああ、うちの顧問で教頭の児島先生だよ。本来はクラス担当の先生が顧問になるんだけれど、教頭の場合は例外でね。先方からやらせてくれといってきたんだ。随筆を書いてもらっているよ」

「へえっ、そうなんだ」

翔太が呟いた。

「児島教頭を知っているの」

「うん、駐輪場で声を掛けられたので」

教頭は自転車で通っている。

「君、自転車通学なの」

「ええ、まあ」

翔太が遠慮がちに小声でいうと広瀬はにやりとした。

「じつは僕も自転車でね。ということは自転車仲間ということだ。そうか、僕らはどこかで繋がっているみたいだね。君はうちのサークルに入るべくしてやってきたというわけだよ」

理屈もへったくれもない。新入生を脈ありとみた広瀬は無茶苦茶なことをいってくる。こういう場合、相手に考える隙を与えないで攻めることが好機をもたらすことを知っているのだ。

「・・・・」

翔太はどう応えていいのか分からないで瞬きを繰り返した。緊張したときや判断に迷ったときの癖である。入部すべきか、辞退すべきかで混乱している。広瀬が白い歯をみせながらにこやかに笑ってすっと手を差し伸べてきた。

「じゃあ、入部は決まり。いいよね。あっ、そうそう。来週の金曜日にこの部室で編集会議があるんだ。ほかの部員に君のことを紹介するから出席してね」

「はあ」

話がひとりでにころころと動いていく。広瀬が何冊かの『不思議倶楽部』を抱えてきた。それをどさりとテーブルに拡げる。

「これ、けっこう話題になったバックナンバー。編集会議までに目をとおしておいて。僕、これからちょっと用事があるので席をはずすから、ここで読んでもらっても構わないよ。しばらくしたら戻ってくるから」

どの号も表紙は浮世絵になっている。教室や自宅には持ち帰りたくないので翔太は部室で読んだ。

(次週に続く)

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(十)『自転車の不思議』

最新号は「食」がテーマだった。翔太がタイトルを目の縁にいれて頁をめくっていく。「なぜ、ちゃんぽんは東京ではメジャーになれないのか」。翔太は自身の食体験を振り返ってみる。タンメンはよく食べるが、ちゃんぽんは数えるほどしか口にしていない。といって、マイナーなのか。ちゃんぽんはすでに広く受け入れられていてメジャーな食べ物だと思うけれど、どうも『不思議倶楽部』ではそういう位置づけではなさそうだ。

ハンバーガーを扱った記事もある。「あなたは本当にマック派なのか」。駅前にある中高生に人気のマクドナルドと道路を挟んで向かいに店舗を構える競合店とを比較しながら、正統的な「マック派」とはどういうものかを考察している。

体験ルポは「なぜか、女子高生は牛丼が食べたい」。昼の混雑時に制服姿の女子高生がひとり牛丼店でおじさんたちに混じってガツガツと大盛りをたいらげていく。周囲から好奇な視線を浴びせられるが食い気のほうが勝っている。臨場感をだしながらユーモラスに書いてある。

広瀬が戻ってきて背後から声を掛けてきた。

「どう、感想は」

「なんていうか」

「いってよ、遠慮はいらないからさ。正直なところを」

テーマが現実的というか、これではテレビの娯楽番組とあまり変わらない。『不思議倶楽部』が扱うようなテーマなのか。翔太は忌憚のない意見を述べた。

広瀬は新部員の指摘が嬉しかった。「面白い」といわれたら幻滅しただろうが、疑問を投げ掛けてくるなどなかなか見所がある。翔太はバックナンバーに関しても感想をいってきた。広瀬が翔太に手渡したのは最新号のほかに「UFOの正体」「徳川埋蔵金の謎」「死後の世界」「臨死体験」の特集を組んでいるバックナンバーの四冊。

「要はその時々で不思議なもの、疑問に感じたものなどをテーマに誌面づくりをしているんだ。UFOの存在にしてもいまはそれほど話題にはなっていないので扱わないだけだけど、面白いことを発見したら急きょテーマにしていく。最新号の食に関しても同じことがいえる。いま、食に対する関心が高いからね。編集方針の根底には常に不思議や謎を含んだものをテーマにするという考えなんだよ」

翔太にはもうひとつ気になるところがあった。どの号もそうだけれど、頁の下段に飲食店、書店、スポーツ用品店などの広告がはいっていることだ。

「商業誌じゃないのでスポンサーとはいわない。賛助会員というのが正確なところかな。協力費という名目で頂いている。印刷費をまかなうためには仕方ないんだよね。幸い『不思議倶楽部』は地元に受け入れられているのでどこも協力的だから、最新号をもって挨拶にいけばそれで済む。先方もこちらの事情を知っているので簡単なことさ。君にはこれを担当してもらう。新入部員が一度は通る関門だよ」

営業からスタートするということか。たしかに一般社会の企業ではそういうとこもあるだろうが、サークル誌でもそういうことをやるのだろうか。

翔太は急に不安になってきた。それに、追い打ちを掛けるように広瀬がいってきた。

「あ、そうそう。新入部員は必ず『不思議倶楽部』の最新号に紹介を兼ねて記事を書く。これが習わしになっているんだ」

「ええっ」

翔太にとっては青天の霹靂である。広瀬が素っ気なく訊ねてきた。

「君、趣味はあるの」

ない。いや、強いていえば自転車かな。といっても、こじつけみたいなものだけれど。

「好きなのは自転車に乗ることだけど」

口から出まかせをいったら広瀬が目を輝かせた。

「そう、いいじゃないの。じゃあ、君は次号で自転車の不思議と題したものを書いてよ」

自転車に謎なんてあるのだろうか。

(次週に続く)

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