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  ショートストーリー  【自転車は風に乗って】短編小説 

 

(五) (六) (七) (八)

(五話)「さっそく、初乗りを楽しむ」


自宅に届いた自転車は変速ギアのついたごくふつうのシティーサイクルだった。飾りがなくシンプルで簡素。いかにも祖母・君枝らしい見立てである。翔太は特別の感慨はなかったが、父親の将司は少し落胆していた。

「いまどき自転車をプレゼントするなら電動アシストだろう。なあ、翔太、そう思わないか」

息子の将司は母親に対する見方が厳しい。

「でも、おばあちゃん好みの自転車じゃないの」

「プレゼントする相手のことを考えてるのかな」

ふだんなら、まあなですませてしまうところを将司は妙にこだわっている。翔太は素っ気なくいった。

「高校生には電動アシストは必要ないと判断したんじゃないの」

「そうかな」

将司は誰にいうともなく呟いた。

「俺もアシストなら乗りたかったのにな」

玄関先には二台の自転車が並んで置いてある。祖母が翔太に高校入学祝いに買ってくれたものと、母親の奈美がふだん使用しているものだ。少し前までは三台あったが、放置していた自転車をリサイクル業者に引き取ってもらったので、心なしか風通しがよくなっている。新しい自転車の相乗効果というのもあって、それまで目障りだった収納ボックスも表からみえないところに移動した。枯れたまま放っておいた鉢もきれいに片づけられてすっきりしている。不思議なものでニューフェースの自転車があるだけで玄関先の景観が変わってきた。春の日差しに照らされたサドルやスポークがきらきらと輝いている。

もっとも喜んでいるのは母親の奈美だった。

「これでやっとまともな玄関先になったわね」

妹のさやかもどことなく嬉しそうだ。

「おばあちゃんから自転車が送られてこなかったら、玄関先は足の踏み場もないほどのぐちゃぐちゃ状態だったんだから、この際、おばあちゃんに感謝しなくっちゃ」

祖母の顔を思い浮かべながら翔太はざっそく初乗りを楽しんだ。この自転車、けっこう気に入っている。なにより軽快。見た目はふつうのシティーサイクルだが、ペダルを漕ぐ感覚が軽いのである。細かなところにいろんな仕掛けがしてあるのだ。車輪の息遣いも聞こえてきて、自転車が跳躍しているのが伝わってくる。この自転車、けっこういいものかも知れない。

大通りから商店街にはいったところで蕎麦屋「長寿庵」の店主から声が掛かった。

「翔太、いい自転車に乗ってるな」

おじさんと父親の将司は幼友達。といってもおじさんのほうがいくつか年上である。昼のお客が引いてひと段落したらしく、作務衣を脱いで表にでてきたところだった。

「どうしたんだ、その自転車」

おじさんはけっこう目ざといのだ。

「あ、これ・・・」

翔太はぐっと言葉を飲み込んだ。翔太のことならなんでも知っているというおじさんだけに、余計なことを口にすると話が独り歩きするきらいがある。

「あ、そうそう。今度、高校生になったんだな」

狭い商店街は情報が筒抜けだ。

「え、まあ」

「高校にはこの自転車で通うのか」

そうしようと思っている。けれど、なぜか、素直になれない。

「さあ、どうかな」

翔太は隠しごとがあまりうまくない。顔にでてしまうのだ。

「入学祝いにおばあちゃんに買ってもたったのか。だったら自転車で通学しなきゃいけないわな」

なんでこうも図星なんだろう。もう、いやになってくる。

(次週に続く)

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(六)「自転車通学での新しい発見」


高校に自転車で通い始めてまだそう日が立っていないが、新しい発見がいくつかあった。まず、自転車通学者はごく一部であること。しかも、部活で帰りが遅くなる生徒が大半を占めていること。駐輪場に並んでいるのはほとんどがシティーサイクルである。マウンテンバイクやロードバイクも見掛けるが、それは数えるほどで、やはり、高校生の通学はシティーサイクルが主流らしい。ここに、電動アシストがあったらどうだろう。やっぱり浮いていただろう。祖母がシティーサイクルを選んだのは慧眼だった。

教職員では教頭の児島先生が自転車を利用している。朝、翔太が駐輪場に自転車を停めていたとき、巡回にやってきたから教頭に呼び止められた。

「君の名前は」

どことなく犬のブルドックを思わせる風貌である。ずんぐりしていて、いかついイメージについ気圧される。なにかミスってしまったのか。高校には制服がなく基本、服装は自由だ。といっても、許容範囲というものがある。ミュージシャンのように髪を染め、ど派手な服装をして登校したら警告されるだろう。翔太は自分の服装をたしかめ、靴の先まで目をやった。地味目にしているので問題はないはずだが・・・。

教頭は翔太のとはまったく別な角度から訊ねてきた。

「もしかしたら君は・・・」

翔太のフルネームをいってきたのだ。

「ええ、僕がそうですが」

「そうか、君が翔太君なのか」

教頭のいかつい顔がゆるんだ。どうして名前を知っているのか。薄気味悪かった。

「君枝先生は元気ですか」

教頭は祖母の名前を懐かしそうに口ずさんだ。

え、えっ、なんなの、それ。

「私はね、君のおばあちゃん、君枝先生の教え子なんだよ」

翔太はうろたえた。

「君枝先生に教わったのは中学のときだったな。私は腕白がすぎてよく叱られたのよ。友人をいじめたとか道義に反したときなどは厳しかった。廊下に立たされたことをいまでも覚えているよ。でも、優しかったな。君枝先生と出会わなかったら、教員になっていなかったかも知れない。先生の消息は人づてに聞いているよ。いまも元気で地域活動に参加しているみたいだね。現役を退いても人を勇気づけている。いかにも、君枝先生らしい」

「はあ、そうですか」

恥ずかしいというか、そういうのが精一杯だった。頭の中にいきなり突風がやってきて翔太を混乱させていたのだ。それから教頭は祖母の人柄を彷彿させるような言葉をいくつか口にしたが、ほとんど聞いていなかった。この場から早く、解放してほしい。そんな気持ちだった。ほんの数分の立ち話だったけれど、翔太にはもの凄く長いものに感じられた。「この、自転車、祖母からのプレゼントなんです」と口から出掛ったが、ぐっとこらえた。そのぐらいの冷静さは持ち合わせていたのである。一見、いかめしい顔つきの教頭はけっこう話好きであることもわかった。

このことを祖母や家族に知らせるべきか。伝えれば祖母は喜ぶだろう。それは目にみえている。しかし、長いこと教壇に立って数多の生徒と接してきた祖母に教頭の存在は記憶にあるのだろうか。教頭は祖母によく叱られたといった。それだけに覚えている可能性が高い。「あの児島君がね、翔太の高校で教頭をしているとは。これもなにかの縁ね」と目を細めるだろう。それにとどまっていればいいのだけれど「今度、連絡してみるよ」なんていわれたらたまらない。

教頭との一件は訊ねられるまで家族にも内緒にしておこう。父親の将司はあまり関心を寄せてこないだろうが、母親の奈美は異常に反応してくるはず。妹のさやかもしかりである。知らせることでそれが負担になってくるのは、翔太自身が一番、よくわかっていた。奈美などは「今度、ご挨拶してこようかしら」なんていいかねない。そういう軽率な行動が息子を傷つけていくのだ。優等生だった奈美には万事、出遅れ気味の息子の微妙な心理を忖度する回路は残念ながら持ち合わせていない。

(次週に続く)

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(七) 「部活は『不思議倶楽部』に」


放課後、翔太は駐輪場から自転車を引いて校舎と向かい合っている建物まで歩いた。そこは旧校舎。校舎を建て替えるときに、一棟を再利用のために残しておいた。低層で天井が低く、照明もやや薄暗い。この棟に文化系グラブがまとまっていて、廊下を挟んでその両側に部室が並んでいる。翔太はどういうものがあるのかその概略はつかんでいたが、実際、現場にやってきたのは始めて。といって特定のクラブが目当てで訪れたわけではない。あくまで、物見遊山である。

文化系クラブは新聞部、美術部、書道部、俳句部、囲碁部などその数およそ二十。

「へえっ、いろんなものがあるんだな」

これが翔太の偽らざる感想である。それぞれのクラブにはそれなりに歴史と伝統があるらしく、部室のドアのところに記された名にその矜持が現われている。もっとも、誇り高いのが新聞部だろう。一般紙から取材を受けるほどの活躍で、高校の新聞部がつくった紙面の質を競う大会では入選の常連だ。一般紙をあまり読まない翔太もその存在だけは知っていた。実際、部室の前にやってくると足が竦んだ。場違いなところに佇んでいるという思いがそうさせた。部室はシーンと静まり返っている。

「これが、気高い新聞部か」

胸の内でそう呟いてみたが、心は動かされなかった。ドアをノックする気持ちにもならなかったのでそっと背中を向ける。臆病な翔太は自分が場違いなところに迷い込むとあとで後悔することを皮膚感覚で認識していた。

「入部したいところはないなあ」

自転車部があったら入部してもいいかなと漠然と思い描いていたが、残念ながらそういうクラブはない。といって、この高校に在籍している限り「部活はしません」ではとおらないのだ。「文武両道」をモットーにしているだけに、いずれかの部に所属しないと学校からきついお叱りを受ける。そのことが念頭にあったので文化系クラブがあつまっているこの棟に足を運んだのだ。部室は途中から「野鳥の会」「鉄道の会」などサークルに近いものになっている。部活を紹介した印刷物にはこれらのものはすべて「他」の部類に統括されグラブ名は記載されていなかった。

目にとまったのが「不思議倶楽部」だった。ドアにぶらさがっているプレートは年季が入って黒ずみ、手書きの文字が重厚さを漂わせている。野鳥や鉄道などはイメージできるが、このクラブだけはその輪郭すらつかめない。なにをやっているのだろう。好奇心が芽生えた。部屋には明かりがついている。「ノックしてみようか、いや、やめておこう」という思いが行きつ戻りつ思案にくれていると、ふいに後ろから肩をぽんと叩かれた。ぎくり。振り向くと色白で目元の涼しい生徒が親しげに声を掛けてきた。

「ようこそ、不思議倶楽部へ」

これが広瀬先輩である。「不思議倶楽部」の部長で翔太がのちのち顔を突き合わせることになる人物だ。不思議という部のネーミングを背負っているわりには実直そうで誰からも好感を持たれそうな顔立ちでヘンなところがまったく感じられない。翔太はこの広瀬から入部の勧誘を受けることになる。

広瀬は開口一番こういってきた。

「君の顔には不思議がたくさん貼りついているぞ」

占い師でもあるまいし、いきなりなんていうことを。冗談にしてはきつい。翔太が真意を測りかねて面喰っていると、広瀬は白い歯をみせながら「マジ、そうみえるんだから仕方ないよ」といって眩しい視線を投げてくる。翔太は異性からじっとみつめられているようで、くすぐったくなって目を伏せた。

(次週に続く)

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(八) 「部屋の壁に自転車競技のポスター」


廊下に人影はなかった。立ち話をするには恰好の場である。「不思議倶楽部」の部長である広瀬は翔太の心中を見通したように毅然といってきた。

「君は僕がヘンなことをいっていると思ってるんだろう」

「ええ。まさに、そのとおりで」

翔太は口がはぐはぐして時代劇がかった言い方をしてしまった。

「なぜに、顔に不思議があると」。

広瀬が鼻先で笑った。

「見た目の直感だよ。これを説明するとなるとやっかいだけれど、体に不思議がくっついているのは悪いことではない。いや、かなりいいことでもある」

といって広瀬は逆に「自分に対する第一印象」を聞かせてきれと翔太に額を近づけてきた。忌憚のない意見をいうしかなかった。

「先輩は・・・」

翔太はそういったあとで、ああ、ミスったと。初対面で先輩とはいかにも馴れ馴れしくないか。

「部のネーミングから猛者、または、見るからヘンな人物を想定していたけれど凄みがあまりなかったので。いや、だけと、なかなかミステリアスですよ」

しどろもどろになりながら翔太は的の得ない感想を述べた。

「うん、君は正直だね。気に入ったよ。我が部が望んでいるような人物だ。入部するべくやってきたというところかな。ひと目みてピーンときた。じゃあ、いまから部の概要を説明するからね。僕は同じことをいいたくないので話をメモしなさい」

翔太は入部するとはひとこともいっていない。それなのに、広瀬は入部が決まったと確信したような物言いだった。このへん、かなり強引である。

「時間はあるんだろう。どうせ、暇してんだからいいよね。立ち話はすんだから部屋にはいってはいって」

部室は雑然としていて足の踏み場みないほど印刷物が散らかっていた。なぜか、壁に自転車によるレースの写真が掛かっている。トライアスロンか、それともロードレースか。ヘルメットをつけたレーサーたちの太腿の筋肉がアップになっている。翔太は立ったままその写真に目を向けていた。

「自転車に興味あるの」

広瀬が興味深げに訊ねてきた。

「ええ、少しだけ」

翔太が神妙な顔でいうと、広瀬がぽつんと呟いた。

「自転車って不思議な乗り物だよ。一度、はまったら虜になるひとが多いからね」

「趣味なんですか。自転車は」

「・・・・」

広瀬は翔太の問い掛けには答えなかった。

部室は中央に長椅子が二脚並べてあり、その周りを新聞、雑誌、単行本などがうず高く積み上がられている。地震でもきたら地崩れを起こしそうだった。この場所が高校の文化系クラブであることを伏せていたら、零細出版社の編集部といってもいいような景色である。となると、広瀬は編集長といったところか。

「そこに腰かけて」

広瀬が顎をしゃくってきたが、「そこ」がどこか分からない。そもそも座るスペースなどないのだ。仕方なく翔太は雑誌の束をずらしてわずかな空間をこしらえ壁に立て掛けてあった椅子を抱えてきて居場所をこしらえた。

「このクラブがどんな活動をしているか、君はおそらく知らないと思う」

「ええ。まったく」

「雑誌を発刊しているんだよ」

高校生が雑誌づくり?。翔太には意外なことだった。そんなことができるものなのか。

広瀬は悠然といった。

「その本棚に並んでいる雑誌はうちが編集したものなんだ。目次だけでいいからざっと目をとおしてもらえれば活動が一目瞭然だよ」

(次週に続く)

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