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  ショートストーリー  【自転車は風に乗って】短編小説 

 

(一) (二) (三) (四) 

「この小話は自転車をめぐる家族のお話です。自転車に乗るその人と共感しながら人間模様を描いていきます」 第2章  

著者 「秋本宏」

プロフィール「新聞社の出版部門で週刊誌記者を経て、現在、フリーライター」

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(一) 「高校入学祝いにおばあちゃんから自転車をプレゼント」    

祖母から入学祝いはなにがいいと訊ねられたとき、本当はおカネといいたかったけれど、翔太はなぜか、自転車と口にしてしまった。現金なら好きなゲームも買えるし、友達とカラオケにも行ける。靴も服もほしい。それなのに、どうしてチャリなんていってしまったのだろう。おそらく、祖母を少し恐れていたのかも知れない。

彼女はずっと中学校で国語を教えていて教師を退職したあとも地域の世話役として奔走し、いまは俳句を嗜んでいるという学ぶことが大好きな好奇心旺盛のスーパーおばあちゃんなのだ。できるならおカネがありがたいんだけどなんていったら、根掘り葉掘りと使い道を訊いてくるだろう。読みたい本があるので買いたいと話しても信じてもらえない。突っ込まれて言葉に窮してしまうのは目に見えている。でまかせをいってもすぐにばれてしまう。

そもそも翔太は漫画ならいざしらず、小説のたぐいはとんと読まない。そのことは祖母も知っている。ゲームを楽しみ、カラオケなんかにも出掛けていってぱあっと遊びたいなどというものなら最悪。でも、自転車がほしいというのもまんざらウソではない。高校には自転車で通うのもいいかなと翔太は漠然と思い描いていたのである。

自宅から高校までは距離にしておよそ八キロ。電車なら二駅、路線バスもあるので足は便利だ。たいていの生徒はどちらかの交通手段を使って通学しているみたいだが、自転車通学者もいて、正門をはいった右手に駐輪場があることは合格発表をみにいったときに確認していた。

祖母はどことなく嬉しそうだった。「へえっ、翔ちゃん、自転車で通学するの?」

「と思っている」

「いいんじゃない。大賛成よ」

おそらく祖母は孫とは別のことを考えているのだろう。自転車ならば寄り道もしないでまっすぐ帰宅するはずと。孫は違った。小遣いとは別に親からせしめた通学定期代の費用を遊興費に充てるのもいいなと思いを巡らせていた。

「クラブ活動はなにか決めているの」

祖母が訊いてきた。翔太の通う高校は近隣の多くの学校と同じように「文武両道」をモットーしていて、よほどの事情がない限り、いずれかのクラブに所属しないといけないことになっている。

「なにか体育会系のクラブにでもはいったらいいんじゃないの」

祖母は翔太が想定したこともないことを平然といってきた。「まさか剣道とか、柔道とか」

「なんでもいいのよ、体を動かして集中できるものなら。テニスだっていいし、水泳も楽しいよ。野球も面白い」

中学校のときからなにもしないでただ、ぼうっとして過ごしてきた翔太にとってはハードルが高い。

「文化系のクラブがいいな」>

といったものの、翔太の中には具体的なものはなにもなかった。「そうね。翔ちゃんが夢中になれるものなら絵でも音楽でもいいと思うわよ」

これまた難しい。「入学してから決めるよ」

「なにかやりたいことでもあるの」

「やりたいことって・・」

翔太にはなにもなかった。

「高校は中学とは違うのだから。勉強もおろそかにしないで、しっかりやってちょうだいよ」

いまいち反応の鈍い孫に祖母が肩で息をついた。 (次週に続く)

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(二) 「おばあちゃんは出来のよくない孫のほうが可愛い」    

翔太の高校は進学指導重点校にいけなかった生徒の面倒みてくれる「受け皿」的存在で、見方によってはありがたい公立校である。男女共学で生徒数は一学年250人余り。男性が女性より若干多い。卒業後の進路はおよそ半数が大学に進学し、あとはほとんどが専門学校に進む。登校拒否などで中退していく生徒もなかにはいるが、進学校でないことから教職員もどことなくのんびりしていて、放課後の補習授業などもない。生徒は伸び伸びと過ごしている反面、目的意識がなく向上心に欠けるところがある。翔太にとっては身の丈にあった高校だろう。当の本人も大学進学率の高い高校にいけなかったことに対する挫折感などはまったく持ち合わせていない。

翔太は両親と妹が一人の四人家族。自転車を高校の入学祝いにプレゼントしてくれるという祖母は、父の母親である。翔太の家から少し離れたところに住んでいて、数年前に祖父が亡くなった。祖母は進学指導重点校と呼ばれている高校のOGで、国立大の教育学部に進学して教員になった。翔太の父親もこの高校のOBである。妹は中高一貫の恐ろしく偏差値の高い女子校に通っている。今春、中学二年。とかく翔太はこの妹と比較されることが多く、「出来のいい」妹に対し、「出来があまりよくない」兄という構図が暗黙のうちに出来あがっていた。

教育熱心なのは父親より、むしろ母親のほうだ。父は「なにも無理して学費の高い私立の女子校にいかせなくても」といっていたが、頑張り屋の母に押し切られたらしい。祖母も母の側についたので、これは、もう、勝負が目に見えていた。なにごとにも敏感な妹はそんな空気をいち早く感じ取っていたので、中高一貫の女子校を目指した。妹は期待の星なのだ。

翔太が四月から通うことになった高校に対し、母は「ご近所にはあまりいえないわね」と冗談半分にいっているが、ホンネだろう。父は含み笑いを浮かべているだけだ。妹はなにもいわない。祖母は翔太に希望を繋いでいるところがあり、「大器晩成」と口ずさむ。教育者として孫のいいところを伸ばしてあげようとする熱意が伝わってくる。

でも、翔太にとってはそれが重荷だった。ほっといて。正直いえばそんなところだったが、そういうことは口にしない。先のことを考えないのが翔太の持ち味である。それと、なにごとにも飽きっぽいこと。授業もそうなので中学の三年間の成績はあまりよくなかった。だけど、祖母は同じ孫でも優秀な妹よりも出来の悪い翔太のほうが可愛いらしい。

「教育は偏差値だけじゃないのよ。生きていくうえでの優しさや、他人に対しての心遣いや気配りがもっとも大切なことなの。翔ちゃんにはそれがある。夢中になれるものを見つけたらそれを伸ばしていけると思う。社会人になって大きくなるのはさやかちゃんよりも翔ちゃんのほうだ」

翔太はそういうことを耳にはさむたびに尻のあたりがむず痒くなってくる。さやかというのは翔太の妹だ。

「それは買いかぶりというものでしょう」

「なにいってんのよ」

祖母がきっとした目を向けてきた。

「いまから弱音をはいていたんじゃあしょうがないじゃないの」

「えへへっ・・・」

翔太はへらへらしているだけだ。

祖母は君枝という。ちなみに翔太の父親の名前は将司、母親は奈美である。

(次週に続く)

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(三) 「新しい自転車がやってくるので、乗らなくなったのを処分する?」   

玄関先には自転車が三台置いてある。常時、使っているのはおかあさんの奈美のママチャリだけで、あとはシートをかぶせたままの状態だ。家と同じで自転車も人の息が掛かっていないと朽ちてくる。二台の自転車はおとうさんの将司と翔太のもので、いざ乗ろうとするとタイヤの空気が抜けていたりする。スポークの錆びも目につく。妹のさやかはもともと乗らない。変速ギアのついているのが翔太の自転車だ。

「この自転車、乗らないなら処分しないと。もう一台増えたら置き場所に困るでしょう」奈美が眉間に皺を寄せて埃のかぶったシートをめくった。おばちゃんの君枝が翔太の高校入学祝いに自転車をプレゼントしてくれるので、放置している自転車をどうにかしないと、玄関先はパンクしてしまうのだ。それでなくて狭いスペースに詰め込んでいるのに、もう一台増えたら身動きがとれないというのだ。奈美は新しい自転車がやってくることに警戒感を隠さない。

「翔ちゃん、ホントに自転車で通学するの。最初だけでまたすぐに飽きちゃうんだったら、おばあちゃんにも悪いので、いまから断ってもいいのよ。そのほうが結果的には親切なんだから」

よく、ご存じで。だけど、そういうことはいわない

「乗るよ。高校でも自転車通学はちゃんと認められているんだから」翔太は鼻を膨らませていった。

「ホントかな」

奈美は息子の性格を熟知している。もちろん、夫である将司のことも。「新しもの好きの三日坊主。そのへんはおとうさんとよく似てるんだから」

こういうことを何度いわれただろう。そのたびに翔太は黙り込む。「一緒にすんなよ」とはいえなかった。

「おばあちゃんが買ってくれる新しい自転車で通学するんなら、この置きっぱなしにしている自転車をどうにかしなさい。ついでにおとうさんの自転車もなんとかしてもらいたいわね。リサイクルにだすとか、考えてちょうだい」

奈美はいうだけいうと、家の中に引っ込んでしまった。

シートがめくられて車体が露わになった二台の自転車はスポークやハンドルのところが錆びていて春先のさわやかな日差しにはどこか不似合だった。ふだん乗っていて手入れを怠らなければ見栄えもするのだろうが、いかんせん、置きっぱなしである。その姿が痛々しい。

新年度のこの季節、通りや路地で廃品回収の軽トラが頻繁に出没する。なかにはハンドルがとれていたり、車輪のなくなった自転車が荷台に押し込まれていることも。だけど、翔太や将司の乗っているものは、手入れさえすればなんの問題もない。

「処分しろ」といわれるとかえって愛着が沸く。さて、どうしたらいいものか。翔太は知恵が浮かばないまま、自転車と向き合っていると、背後から妹のさやかに声を掛けられた。利発な妹は兄の逡巡しているさまを瞬時に見破る。

「おばあちゃんから自転車が届くんでしょう。なら、その自転車を処分しなよ。粗大ごみに出すとか方法はいろいろあるでしょう」

母親と同じことをいってきた。だけど、翔太の思考はまとまらない。勢い、河川敷にでも放置しようかと犯罪まがいのことが念頭をよぎり、それを慌てて打消している自分が情けなく、なによりも恥ずかしかった。

「おとうさんの自転車もなんとかしないといけないから、帰ってきたら聞いてみるよ。まだ乗るのでそのままにしておけというかも知れないし」

(次週に続く)

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(四) 「父親の提案はNPO経由で自転車の再利用」    

その夜、父親の将司は珍しく上機嫌だった。なにかいいことでもあったのか。いつも晩酌で飲んでいる発砲酒と違ってビールである。冷蔵庫にはないので途中、コンビニかどこかで買い込んできたのだろう。

「自転車のことだけれど・・・」

食事をしているとき話の接ぎ穂をみつけて翔太が切り出した。場の空気が止まって、家族の視線が翔太に向けられる。

「そうそう」

母親の奈美が割り込んできた。

「この際、おとうさんの自転車も片づけてほしいのよ。玄関先に乗らなくなった自転車ばかり並んでいるのもおかしいでしょう。場所はとるし、出入りにもなにかとじゃまなのよ。私のは毎日乗っているからいいけれど」

将司は箸を置いて奈美に目を向けた。

「ああ、自転車のことだろう。俺も気になっていたので、リサイクルショップで聞いてみたんだ」

「ええ、そうなの」

奈美の表情が輝いた。

「そしたら、引き取るって。そこの店は海外の交通の便の悪い地域などに自転車を提供するNPOと提携して乗らなくなった自転車を再利用しているんだって」

将司がやや得意げに話すと、奈美が微笑んだ。

「なんにもしないあなたにしてはなかなかやるじゃないの。いつも後手にまわっているのに先手を打つなんて珍しいこと。雪でも降るんじゃないかしら」

褒めてもらっているのか、けなされているのか。将司には父親の面子というものがある。

「ふん」

顔がどことなく強張っている。

将司は大学卒業後、事務機器メーカー、経営コンサルタント会社などを経て、いまは嘱託社員として工務店に勤めている。新卒で入社したコーピー機やFAXなどのオフィス機器を生産している会社をリストラされたあとは職を転々とした。不況の風が吹いているなかので再就職はなかなか思うようになかった。経験と実績から職種を選んでは慎重に履歴書と職務経歴書を郵送していたが、面接までこぎつけられるのは稀で、送り返されてくる書類を手に溜息を洩らした。年齢などから職を選ぶ選択肢がないことを身を以て知った将司は作戦を変更して手当たり次第にアプローチを試みたけれど、気持ちだけが空転するだけでうまくゆかない。コンサルタント会社は契約社員としての採用だった。提示された給与はよかったが、その代わりにノルマがあって、それを達成できないと減額されるシステムで深夜までの勤務が常態化。人間関係の軋轢などもあって、このまま勤めていったら体を壊すと判断して辞めた。いま勤務している工務店は将司の高校時代の友人が経営している。

奈美は収入の安定しない夫の稼ぎをあてにすることをやめ、子供の教育費を捻出するためにスーパーで働き始めた。当初はレジ打ちが主な仕事だったが、結婚するまでは銀行に勤めていたこともあり数字に明るく、経理もこなせたことから本社勤務に抜擢され、正社員となった。収入は将司よりもはるかにいい。家計の主導権は奈美が握っている。

「それじゃあ、自転車の件はおとうさんに任せるから。それでいいのね」 奈美が念を押してきた。

「ああ、わかった」

気のない返事をした将司は奈美のまっすぐな視線から目を逸らし、飲み掛けの缶ビールを手にテレビの前でごろんと横になった。テレビのリモコンを押したら娯楽場番組が放映されていたので、すぐに消して腹ばいになったまま夕刊をめくる。読みたい記事はなかった。新聞は活字を追っているだけなので、内容が頭の中を通り過ぎていく。

奈美は夫のこうした態度が癇に障るようになっている。晩酌と食事だけが楽しみ。いまさら学問をしろとはいわないまでも、志を立ててなにかを極めるということがどうしてできないのか。夫は50にまだ手が届かない年齢。働き盛りでもあるのに、好奇心のセンサーを失っている。なにを目的に暮らしているのだろう。奈美は時々、夫が分からなくなった。

明日は早朝から会議の予定がはいっている。

「いまから資料をまとめないといけないので、後片付けをお願いね」

「了解」

将司は妻に背中を向けたままいった。

「ごちそうさま」

さやかも足早にテーブルを離れていく。居間にいるのは父親と息子。

「あばあちゃん、どんな自転車をプレゼントしてくれるのかな」 将司は体の向きを変えて息子に声を掛けた。

「うん」

翔太がスマ―トフォンの携帯画面をみながら気のない返事をする。

(次週に続く)

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