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  ショートストーリー  【自転車は風に乗って】短編小説 

 

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第二十五話 「夏の奇妙な自転車体験」   

ここは、どこなんだろう?。太陽がすごく近くにあり、砂塵が舞い、照りつける日差しが痛い。灼熱の国だ。熱風の壁が立ちふさがり息をするのも一苦労。南国であることは確かだけれど、これまでに訪れたことのない地域です。どうして、ここにいるのか恵さんにも分かりません。もしかしたら、砂漠の中?自問しながら恵さんは自転車のペダルを漕いで力走していました。砂山に抱かれるようにして造られた道はまっすぐで、どこまでいっても風景は変わりません。もう少しいけば人家がある。木々の緑にも出会えるはず。強くそれを願っていますが、延々と続く単調な景色に変化はみられません。地図には集落が存在しているはずなのに、そこに辿り着けない。

なぜだ。恵さんは切歯扼腕しながらもペダルから足を離そうとはしません。喉はとうにからから。目も痛くなってきました。そのときハタと気がつきます。そもそもこの自転車は移動しているのかどうか。固定されている自転車をひたすら漕いでいるような気がしてきます。ここでやっと、自転車を停めました。自転車はいつも乗っているものと違ってマウンテンバイク。ロープで囲ってあるだけの駐輪施設から何十台という自転車が群れになって一斉に飛び出してきたはずなのに、後にも先にもその影は見当たりません。恵さんの自転車だけがぽつんと取り残されてしまった感じがします。

やがて、日が傾いてきました。西日が容赦なく照りつけてきます。道路の先には地平線上に太陽が真っ赤に燃え、空を溶かして巨大クラゲのようにゆらゆらとうごめいていました。ここは一体、どこ?。異国の地に迷い込んだ恵さんはここで初めて恐怖というものを覚えました。トラックでもなんでもいい。道路を爆走していく車体を見届けたらどれだけ気が安らいだでしょう。それなのに物音ひとつ聞こえてこない。シンとした静寂に包まれています。喉の渇きもそろそろ限界にきていました。

異変が起きたのはそのときです。幕がさっと下ろされ、再び幕が開いたときには自転車ごとふわりと浮き、宙を漕いでいました。今度の自転車は電動アシスト。スイスイスイ・・・。空に浮いているのでとても軽快です。まるで鳥になったような気持になりました。アシスト自転車に乗るのはこれが初めて。こんなに楽ちんだとは知りませんでした。こりゃいい。自転車は気の向くままに走っています。

スピルバーグ監督のSFファンタジー『E.T.』に少年が自転車のカゴにE.T.を乗せて空を飛ぶシーンがありますが、それに思いを重ねていました。どこに向かおうしているのでしょう。手の届くようなところに惑星がありました。方向からすると、そこを目指しているようなんです。アシスト自転車はモーターが漕ぐ力を補助してくれるので、しゃかりきになってペダルを回転させなくてもいいのですが、恵さんはここでも懸命に足を動かしました。自転車は夜空を泳ぎながら、惑星にぐんぐん近づいています。躍動感があり、恵さんは空中ブランコを楽しんでいるような、居心地のいい浮遊感に身をゆだねていました。

(次週に続く)

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第二十六話 「自転車で宇宙を旅する」   

「メグ」。向かいにレンがいました。「はっ、ここはどこ」。恵さんはカウンターにうつぶせになって眠っていました。「なに、寝とぼけたことをいってんのよ。お店よ、ここは」。よだれをぬぐって、視点を定めると、たしかに、レンのやっているスナックです。薄汚れた壁、淡い光。見慣れた店内が静かに呼吸しています。埃と酒とが入り混じったような臭いが降ってきました。客は誰もいません。いま、何時なの?「はい、水」。レンは氷の欠片のはいったグラスをすっと差し出してくれます。喉が渇いていたのでしょう。恵さんはそれを一気に飲み干しました。

「夢でも観てたの?」。レンが首をかしげながら意味深な笑顔を浮かべています。「いや、そうじゃない」。相槌を打ちながら、体験した出来事を反芻していると、レンは「まあいいや」といって恵さんの顔を覗き込みました。「どっかで、飲んできたの?」。神社の夏祭りに出掛けて屋台でビールとチューハイを飲み、その後、見世物小屋にはいったけれど、舞台が引けたあと・・・・それから記憶がすっぽり抜けています。どこかに立ち寄ったという覚えはありません。「飲んでないよ」と恵さんはいいましたが、レンは鼻から信じていません。「ま、そういうことにしておこう。でも、うちにきたときは相当、泥酔していたからね」。そもそも、どうしてこの店にやってきたのか。「店にはいってきたらカウンターでぐでっとなって。まあ、あんただからいいけどさ。ちょっと、疲れ気味じゃないの。仕事もほどほどにしないとね」。誤解です。仕事は暇だし、適当に時間をみつけてはサボっているのだから。

「ちょっと旅に出掛けたので」。夏祭りのことは伏せたものの、こういってからひどく後悔しました。いわなきゃよかったと。詮索好きのレンは言葉尻をつかまえて、「どこに行ってきたのよ?」と好奇心を向けてきます。「強いていえば異国かな」と恵さんはもってまわったような言い方をしました。「異国って、外国でしょう。どこ、どこに行ったわけ」「南のほうかな」。恵さんにもその地がどこか分かりません。だた、やたら暑かった。「もしかしたらアフリカ?」。そうかも知れない。「宇宙にとても近いところかな」というと、レンの顔がほころびました。「わかった。インドでしょう」。そうしておきましょう。あれこれいうと話がややこしくなる。「バカンス?」「なわけないでしょう」。レンは恵さんの性格を知っています。「ま、これ以上、聞かないけどね。聞いてもあんたは話さないだろうから」。

レンが携帯ラジオをつけました。懐かしい曲が流れています。「これ、知ってるよね?」「うん」。学生時代、喫茶店や居酒屋などに入り浸って「哲学」を議論していたころに流れていた曲です。「あの頃は夢があったもんね」。レンがぽつりとそういいました。「怖いもの知らずだったから」。

(次週に続く)

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第二十七話 「自転車を引く友人に「話そうか、よそうか・・・」」  

恵さんと、レンとは学生時代の同窓です。名前は「蓮」。レンは演劇を専攻し、卒業後は映画会社に職を得ましたが、仕事が現場から離れた事務職だったために30になる手前で退職。演出家として独立しました。と、こういえば恰好いいけれど、組織を離れて食べていくのは大変なこと。日々の生計を支えるために劇場でアルバイトをしていたところ、演劇関係者のツテでいまの店を手伝うことになり、もともと、客商売が性に合っていたのでしょう。店を任されると常連客も増え、売り上げも上昇。その後、店の権利を買い取っていまでは経営者です。アルバイトの学生を雇うまでになりました。才能というのはどこで開花するか分かりません。

「いま、何時なの?」「午前4時を過ぎたところかな」。レンは煙草を吸いながらカウンターの隅にある目覚まし時計に目をやりました。「いつも、店はこんな時間までやっているんだ」「なにいっていのよ。あんたがやさぐれて迷い込んできたので閉めるに閉められないんじゃない」。レンがタオルを投げてきました。「顔を洗っといでよ」。トイレの洗面台に映った恵さんの顔は目が窪んでくたびれています。思わず自分で「ひでえ顔」と呟きました。それでも、水を流しながら顔をごしごしこすっていると、顔の輪郭がしゃきっとしてきます。カウンターの中でレンが帰り支度をしていました。「まさか、いまからビールなんてことはないよね」。そんなことはいいません。ただ、ほのかに空腹感があります。態度にそれがでていたのでしょう。

「あんた、もしかしたらお腹空いてんじゃないの?」。レンがこういいます。さすが、読みが深い。「ラーメンでも食べようか」。意義なし。こうなると行動はじつに素早い。レンは手提げ袋を肩に掛け、「ガスコンロ、よし」「煙草の灰皿、よし」と火元を確認して、カウンターからするりと抜けだし、店内の明かりを消すと、鉄扉のドアを体で押して踊り場にでました。レンがドアの鍵穴にキーを差し込んでいるとき、恵さんはエレベーターのボタンを押す。この店は4階にありますが、ビルが古いので昇降機がなかなかやってきません。せっかちなレンが「もう、腹立つな。このおんぼろエレベーター」といって壁を蹴飛します。昇降機がのろのろと上昇してきました。

1階のエレベーター脇に自転車が立てかけられていました。レンが所有しているものです。店の行き帰りに自転車を使用しているとは知りませんでした。たしか、レンの住まいはここからそう遠くないところにあるマンション。「自転車を使っているんだ」「これ、小回りが利くからね。けっこう重宝している」。自転車はママチャリです。「夕方、買い物をしながら店にやってくるわけよ。自転車はとても便利だね」。レンは自転車を引きながら、恵さんが自転車にこだわっていることを思い出したようで「メグも、自転車に造詣が深いんじゃないの」といってきました。「じつは、南国で自転車に乗ってさ。それから空を飛んだ」。恵さんは喉元まで出掛った言葉をぐっと飲み込みました。

(次週に続く)

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第二十八話 『自転車の旅を理解できるのは「私」だけ』  

路上にでると、繁華街の朝の表情がありました。空き缶や瓶が転がり、飲食店から出された生ごみのポリバケツが通りの脇に置かれています。ビニール袋のまま放置しているところもあって、それを狙ってカラスがくちばしを尖らせていました。二人がはいったのは中華料理のチェーン店。どの品も料金はリーズナブルで、昼はサラリーマンなどで混み合っています。レンはラーメンと餃子、恵さんはタンメンに決めましたが、店員がやってきたときどちらともなく顔を見合わせてビールを頼みました。その際、つまみのシナチクも忘れません。レンは家に帰って寝るだけ、恵さんも休暇中ですから、とやかくいわれる筋合いはありません。朝のビールのうまかったこと。

レンと別れたあと、恵さんは電車で帰宅しました。時間帯から車内は空いていました。座席に腰をおろして目を閉じると旅のことが浮かんできます。夢であるとは思っていません。ですが、どういうことから旅に出たのか。そのへんの説明がつかないのです。時間を戻して再現してみましたが、納得いく答えがでません。「異界」にでも踏み込んだのか。それとも「神隠し」にでもあったのか。だとしたら天狗の仕業?。誰でも記憶を失うことがあります。いざなって行かれたところが灼熱の地。そして、宇宙です。キーワードは自転車。どちらの世界でも恵さんはペダルを漕いでいました。人に話す場合、どういったら理解してもらえるか。「夢」でくくれば、とても分かりやすいけれど、そうしたくありません。自分だけの奇妙な体験としてそっと胸にしまっておこうと思いました。

自宅では小太郎が首を長くして恵さんの帰りを待っていました。ドアを開けると駆け寄ってきて、踝に頭を擦りつけてきます。愛情を求めているのか、それとも「行方不明」になった主を気遣っているのでしょうか。「帰ってきましたよ」。小太郎を抱えてナデナデしながら、「旅に行ってきたの。未知との遭遇だよ。おまえに話しても分かんないだろうけどさ」。自転車である私だけはなんとなく理解できます。ただ、ひとつだけ注文をつければ、自転車はマウンテンバイクや、電動アシストでなく、この私であってほしかった。であれば旅の筋書が違っていたかも知れないのに。そのへんがちょっぴり残念でした。でも、「異界」にせよ、「神隠し」にせよ、日常の、ふだんの生活に戻ったのだから、それでよしとしなければなりません。

シャワーを浴び、着替えをした恵さんはなにを思ったのか、自転車を磨き始めました。その手つきはとても細やか。車輪のスポークや、チェーンも丁寧に拭いてくれます。小太郎が自転車である私と、恵さんを見比べていました。彼は彼なりに思うところがあったのでしょう。恵さんがカメラを取り出してきました。ぴっかぴかになった自転車を前に小太郎を抱えての撮影。自動シャッターに切り替えた一眼レフがカシャという小気味いい音を立てます。小太郎はちょっとだけむずがりましたが、「はい、チーズ」といったカメラ目線になっています。はにかんでいる恵さん、自転車である私は毅然としていました。季節は秋。夏の思い出が一枚の写真に凝縮されています。

(次週に続く)

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