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  ショートストーリー  【自転車は風に乗って】短編小説 

 

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第二十一話 「境内の下にある駐輪場が嬉しい」   

「メグちゃんの夏休みはいつ?」。自転車屋さんに立ち寄ったとき、店主のフミさんがこう尋ねてきました。「一応、来週から一週間だけど、土日をいれるので正確には9日間かな」というと「勤め人はしっかり休みをとれるのでいいね」。あまりいいとは思っていないような顔をしてフミさんは壁に掛かっているカレンダーに目をやりました。そして、日にちを特定し、近くの神社名をあげて「夏祭りがあるので暑気払いも兼ねて行ってみない」と誘いを掛けてきます。

夏休みといっても恵さんはこれといった予定はありません。観光地にいっても人、ひと、ヒトで疲れるばかり。旅行には出掛けたくないので、なんとなく家の中でぼうっとして過ごすのでしょう。「夏祭りですか?」。恵さんが気のない返事をすると、フミさんがニコニコしながら「よし、決定」といってきました。なにがどう決まったのか分かりませんが、境内に作られる屋台で一杯、飲もうということです。「メンバーは誰なの?」。念のため、そう聞いてみると「とりあえず、メグちゃんはオーケーだけれど、夏休みをとっている人もいるからこれから連絡をとってみるよ」とフミさんはいいます。恵さんに声を掛けたということは、自転車さんの取り巻きたちが何人かやってくるのでしょう。フミさんは赤いサインペンでカレンダーの日付に丸印をつけました

口にはしませんが、恵さんは数え切れないぐらいその神社に足を運んでいます。この神社の最大のイベントは夏祭り。金魚すくい、綿菓子、やきそば、お好み焼きなどの屋台が出店し、威勢のいい掛け声が聞こえてきます。「集合時間は午後7時。待ち合わせ場所は鳥居の下あたりということにしよう」。フミさんの心は夏祭りに飛んでいました。

 神社のご神木は樹齢約600年、幹の周りが10メートルといわれる大銀杏。恵さんの関心はそっちのほうよりも、境内の一角にある駄菓子屋です。店番をしているのはおばあさんで、軒先には子供用の自転車が数台、停まっていました。あんず飴やソースせんべいなど、懐かしいものがガラス瓶の中にはいっていて、通りがかりの大人も足をとめて、頬を緩めていく。恵さんは決まってラムネの炭酸水を買い、向かいのベンチに腰をおろして四季の移り変わりを目にしながらそれを飲むのが楽しみでした。その駄菓子屋がいつの間にかなくなってしまい、子供たちの姿をあまり見掛けなくなりました。いまは跡地にコーヒーや抹茶を提供する喫茶店が出来て、近所の主婦たちの情報交換の場となっています。

縁日は毎月8の付く日。土日がそれに重なると境内でフリーマーケットが催され、これがけっこう評判を呼んでいます。最近、境内の階段下にあるトイレの脇には駐輪場が設置されました。自転車族にはこうした心配りが嬉しい。駐輪場でよく見掛けるのが電動式のアシスト自転車。その数はやってくるたびに増えているような気がします。 (次週に続く)

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第二十二話「夏祭りの魅力は見世物小屋での芝居」   

この神社の夏祭りはよそではまずお目に掛かれないものがあります。見世物小屋です。いつ頃から、小屋が立ったのか、どうしてこの神社なのか。詳しいことは分かりませんが、このデジタル時代に、アナログを地でいくような芝居がみられるのも貴重です。「みたことある?」。フミさんが含んだような言い方をしてきます。「さあ・・・」。恵さんも明確な回答をしません。

恵さんはテントを張った小屋を思い浮かべました。入り口には赤地の布が掛けられ、裸電球が妖艶な光を放っています。演目は「蛇女」。恒例になっていますが、なぜ、「蛇女」なのか。主催者に一度、聞いてみたいところです。その年によって、蛇はシマヘビだったり、アオダイショウだったりするのですが、ストーリーはほとんど変わりません。主人公は年齢不詳の白装束の女性で、壁にペンキを重ねたように化粧を厚く塗りたくって登場します。口を開いたときに垣間見える歯がなぜか、きれいなのが印象に残っていました。主人公は毎年、違っているようにもみえますが、定かではありません。恵さんの好きなのは口上。入り口で仕切る女性の甲高い声です。「世にも不思議な蛇女」と威勢よくいい、「お代はみてからで結構だよ。さあ、さあ、はいった、はいった。もうすぐ始まるよ」。これを繰り返します。客の入りが少ないときは、開演が遅れますが、そこは愛嬌。舞台では蛇女が生きたヘビに噛みついて血を絞り出し、くねくねと動くヘビの肉をがぶりと齧る。ヘビの正体がなんであるのか、そのへんはいいでしょう。

見世物小屋のピークは昭和30年代でしょうか。「ロウソク女」というのもありました。溶かしたロウソクを口にいれて、火を噴くというものですが、これも一世を風靡した感があります。見世物小屋には不思議がいっぱい詰め込まれていて、常識では推し測れない世界が拡がっています。それを体感できるだけで楽しい。

テントというのもいい。なぜか郷愁を呼びます。見世物小屋ではないけれど、恵さんは祭りで自転車の曲芸乗りをみた記憶があります。テントの中に張られた細いロープの上を自転車がするすると滑っていく。たしか、自転車を操っていたのは少年で、それをみたとき、その経験と技術のなせる技に感動し天才じゃないかと思いました。テントの中には怖いものみたさの想像が包み隠されています。お祭りでプロレスもどきをみたこともあります。これも、やはりテントの中で演じられていました。レスラーの顔はとうに思い出せなくなっていますが、どんどんテンションがあがり熱くなっていく自分がそこにいました。見世物小屋もあなどれません。

「いまどき、見世物小屋で芝居をみるのがいるのかね」。フミさんは鼻から敬遠しています。「いや、こういう時代だからこそ逆に面白いんじゃないですかね。存在価値はあると思いますよ」というと、フミさんは恵さんの顔を覗き込んで、「ああ、やっぱり見世物小屋にはいったことがあるんだ」。どんぐり眼が小馬鹿にしています。 (次週に続く)

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第二十三話「自転車愛好者が鳥居の下で」   

そのとき自転車屋さんの作業部屋兼、事務所のドアがふわりと開きました。「うー、あつ、アツ、暑い」。フミさんの幼友達でご近所のタケコさんが手を団扇代わりにしてぱたぱたと扇ぎながらのっそりとはいってきました。鼻筋に汗が浮いています。エアコンの効いているところにいると皮膚感覚は鈍ってしまいますが、戸外はかなり暑いのでしょう。そういえば今朝、テレビの天気予報では今日の最高気温は34度といっていました。連日、猛暑が続いています。「あら、メグちゃん、珍しい」。タケコさんと会う機会が少ないだけで、フミさんのところにはしょっちゅう顔をみせています。「なんか、用か?」。フミさんがつっけんどんに対応すると、タケコさんもそれと同じぐらいでそっけなく「麦茶、ちょうだいよ」といって勝手知ったっるなんとやらで、自分で冷蔵庫から麦茶を取り出してコップで二杯ほど飲んで一息いれ、「ちょっとタイヤの空気入れ」といって、タケコさんは乗ってきた自転車を部屋の中にいれ、部屋の隅にあるエア装置を引っ張り出しました。これだとほんの数秒でタイヤに空気がはいります。

「タケちゃん、今週、暇?」「今週のいつよ」。フミさんが神社の夏祭りに参加し、そこで暑気払いをする予定があることを伝え、具体的な日時をいいました。「帰ってから予定をみないとなんともいえないけど、多分、大丈夫だとは思う。あとでブンちゃんに連絡をいれるわ」。フミさんの名前は文彦。二人はブンちゃん、タケちゃんと呼び合う仲です。タケコさんは税理士夫人。自宅の敷地内にある事務所で電話の対応など夫の仕事をサポートしています。フミさんが茶々をいれました。「税理士は机の前にすわっているだけで仕事が降ってくるんだから、忙しいわけないよな」というと、「ブンちゃんには理解出来ないでしょうが、税理士もやっていくのは大変なんだから。税理士夫人なんていって安穏とはしていられないの。仕事を取るために私は毎日、営業しているのよ」。タケコさんがむっとしていいました。

午後7時。待ち合わせ場所である鳥居の下にはタケコさんが真っ先にやってきました。なんだかんだいってもお祭りが好きなんでしょう。夏の晴れた日のこの時間帯はまだ闇が下りてきません。薄暮。空には線を引いたような白い雲が残っています。転勤先から本社に戻ってきたユウジさん、バリバリのOLであるサトミさんも姿をみせました。あと、名前だけは聞いているけど、恵さんの知らない顔が男女それぞれひとり。いずれもフミさんのところの自転車愛好者です。カズヤ君は都合が悪いので欠席といってきました。若いのでいろいろと予定があるのでしょう。「よし、これで、一応、全員そろったな」。鳥居の下にやってきた顔ぶれに目を向けながらフミさんは上機嫌です。「暑いね」。ユウジさんはこういいながらふうっと溜息をついて、通勤鞄の中から小ぶりのタオルをとりだして首回りをごしごし拭いています。茶色い革靴、スラックス、白地の半袖のシャツ。いかにも会社帰りに駆けつけましたというスタイルです。サトミさんはだ膝まであるだぼだぼの綿を身につけています。インド風というか、東南アジア風というか、通勤でもこんな感じなので、勤め帰りなのか、帰宅して出直してきたのか見当がつきません。「メグちゃん、夏休みなんだって」。フミさんから聞いたのでしょう。「ふーん。どこにも出掛けないんだ」とサトミさんがいいます。余計なお世話です。「家の中でごろごろしてる」「それ、正解かもね」。サトミさんがくすんと笑ってこういいました。 (次週に続く)

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第二十四話「整理券と口上」  

神殿近くの一等席に設けられた屋台で、フミさんグループは大テーブルを陣取りました。暑いせいか、缶ビールもすぐに温くなり、冷凍枝豆も手を伸ばすころには、ふにゃふにゃにゃ。焼き鳥だけは本来の姿を維持していましたが、あまり食指はそそられません。それでも、話題が自転車なのでそれなりに盛り上がりました。自転車好きが集まっているだけに、どうしてもそういう流れになってしまうんですね。ユウジさんは夏休みを秋口にとり、信州でサイクリングを計画。サトミさんは友人が近々にオープンする飲食店の手伝いをするといいます。「お店のレイアウトを頼まれているの。壁にフミさんのところの自転車を掛けて、自転車のイタリアンという感じにしたいの。いいお店なんだからきてよね」とサトミさんはアピールしています。

そのとき、カンカンカン・・・。見世物小屋からツケ打ちをする音が聞こえてきました。演目が始まるという合図です。フミさんグループはそれぞれ自転車のことに夢中になっているので、小屋のほうにはまったく関心がありません。ふんわりと途切れ途切れに聞こえてくる口上を耳障り、うるさいなという感じで受け取っています。恵さんだけが、「さあ、さあ、はいった、入った。お代はみてからでけっこうだよ」という声に引き寄せられ、屋台での宴会がお開きになったあと、小屋を覗いてみようという思いがあります。この場でそのことを打ち明けると、反応がどんなものか分かっているため、口をつぐんでいました。

時間は8時半になります。屋台にいたのは一時間強でした。人出が増えてこれからが祭りの本番という時間帯ですが、まだ暑さが残っているせいか、フミさんグループは冷やかし半分に屋台巡りをすることもなく、早々と引き揚げていきました。

ひとり、居残った恵さん。「舞台の途中だけど、はいっていいかな」。小屋の入り口で口上をいっていた女性に声を掛けると「あと、10分で二幕目が終わるのでちょっと待って。三幕目の最初からみたほうがいいよ」。女性は痩せ型で、細い体のどこからハリのある口上がでるのか、それが不思議です。「じゃあ、ちょっとその周りを一回りしてくる」というと、「整理券を渡しましょう」といってきました。えっ、そんなものあるの。長蛇の列ができるならともかく、閑散としているのに。思わず、ぷっと吹き出しそうになってきました。女性はマジメな顔をして、ポケットから紙切れをとりだし、そこにフェルトペンで「整理券」と書きました。この「整理券」がどういう意味をもつのか分かりません。

時間を見計らって、入り口にいき「整理券」を差し出そうとしたところ、女性はそれに見向きもしないで、そもそも「整理券」の存在そのものを忘れてしまったようで「いま、幕間なので、グッド・タイミングよ」といってすぐにいれてくれました。客席は立ち見です。高齢者の男女が複数と、若いカップルが一組いるだけです。「整理券」はなんだったのでしょう。小屋の中の照明は足元がみえないぐらいに薄暗く、舞台の中央だけが電球に照らされています。板を敷いた上に白いシーツが掛けられ、隅に四角い箱が布で覆われていました。おそらく、そこに「蛇」がはいっているのでしょう。カンカンカンと響くツケ打ちの音が消えると、どこからとなく白装束の女性が姿を現われ、箱の中から「蛇」を取り出して・・・・。舞台が終了すると溜息、失笑に混じって拍手をする人もいました。恵さんはエールを送りたいほうです。

このあと、恵さんは旅に出ました。 (次週に続く)

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(次週に続く)

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