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  ショートストーリー  【自転車は風に乗って】短編小説 

 

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第十三話   『ない、ない、ない。自転車が消えちゃった』  

明と暗。恵さんも自転車である私にしても午前と午後とでこれほど振幅の激しかったのは最近、ありませんでした。この日、恵さんは休日出勤の振り替えで、ウイークデーに休みをとりました。天候は晴れ、恰好の洗濯日和。久しぶりに朝寝坊を決め込んだのですが、年齢のせいなのか、それとも勤め人の性なのか、いつものように早く目覚めてしまいました。気分は爽快です。早起きは三文の徳。コーヒーを飲みながらじっくりと朝刊に目をとおしました。ふだんは出勤前にさらっと活字を追うだけですが、時間を掛けて新聞を深読みするのもいいものですね。猫の小太郎が「会社に行かなくていいのか」と目で訴えてきたので「今日は休みだよーん」といって頭を撫でてやると嬉しそうに頭をぐいぐいと押しつけてきます。

部屋を片付け、洗濯をすませると昼近くになっていました。恵さんには予定があります。自転車で図書館に出掛けて本を返却し、駅前の書店で新刊本を購入したあと、その足で自転車屋さんに立ち寄る。店主のフミさんが今度、デビューする自転車のことで話をしたいのでしょう。タウン誌に登場してから、恵さんはフミさんのところの広報担当者みたいになっています。

恵さんは図書館をあとにして駅前に向かいました。駐輪するのは書店が入っているビル前の一角。わずかなスペースがあるので、いつもここに停めています。周辺に駐輪場がないことはないんですが、収容数に対して利用率がそれを上回り慢性的な“すし詰め状態”になっているため、やむなくここに停めておく。暗黙の了解なのでしょうか、複数の自転車がいつも並んでいるので、駐輪違反という意識はありません。

新刊本を購入した恵さんは同じビルの中に店舗を構えている喫茶店にはいってページをめくり始めました。読みたい本に目を通すのは至福のとき。つい、時が過ぎるのを忘れてしまいます。気がついたら二時間近くも経過していました。

暗転したのはそれから。路上にでたら駐輪したはずの場所に自転車が見つからないのです。周囲に目を配ってもありません。「へんだな。たしかにここに停めたはずなんだけれど。どうしちゃったんだろう」。恵さんの中で不安がじわりと芽生えてきました。向かいの路上にも見当たりません。近くの小公園や役所の公共スペースなどを隈なく探しましたが、ない、ない、ない。どこにもない。自転車が消えちゃった。冷静さがガラガラと音を立てて崩れてゆきました。ふだんなら気にもならない家電量販店やドラッグストアなどから流れる自社のCMソングや若いカップルの華やいだ声が神経を逆なでします。駐輪した場所の近くにバス停があります。恵さんはバスを待っている高齢の女性に向かって「あのう、このへんに停めてあった自転車を知りませんか」と訊ねました。もちろん、その人は知る由もありません。「さあ、どうでしょう」と困惑しています。恵さんは途方に暮れてしまいました。好事魔多し。 (次週に続く)

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第十四話   『放置自転車として撤去』  

念頭に浮かんだのは「盗まれた」でした。フミさんのところの自転車は盗難に遭うことが多く、購入したその翌日に盗まれたという気の毒な所有者もいます。交番に盗難届を出してもほとんどみつかりません。「いたずらされて移動させられたのではないか」ということも考えられます。鍵を切断するような強固なカッターも流通しているので、盗む気持ちがなくても、興味本位に乗り回したあと、どこかにポイと置き去りにするというケースもないわけではありません。あれやこれやと思いをめぐらした結果、「盗難」に辿り着いて、恵さんはダメモトで近くにある交番に立ち寄ることにしました。

顔に憔悴の色が浮かんでいたのでしょう。二人いたうちの若いほうのおまわりさんが粘っこい目を向けてきました。「なにか?」。恵さんの顔が強張っていました。「自転車を盗まれたみたいなので盗難届けを出したいのですが・・・」「盗まれた?」「ええ、多分」。奥のスチールの机で書き物をしていた年輩のおまわりさんの手がとまりました。「防犯登録はしてあるの?」と聞いてきます。「一応は」。自転車がなくなった場所、駐輪していたおおよその時間帯などを口にすると「盗まれたんじゃなくて、放置自転車とみなされて撤去されたんじゃないの」「えっ」。恵さんは言葉に詰まりました。「駐輪していたのはあそこのビルの前でしょう。駐輪監視員が放置自転車の撤去作業を実施していたよ」。そうか、そういうこともある。自転車がなくなったということばかりに気を取られ、放置というのがすっぽり抜けていました。「ちょっと待ってね」。年輩のおまわりさんがどこかに電話をいれてくれています。「そうですか。分かりました」といって受話器を置くと薄笑いを浮かべてきました。「自転車保管所に確認したら撤去作業を実施したって。一度、保管所に確認してみたら。そこになかったら盗難届けを出せばいいじゃないの」。一見、コワモテのおまわりさんであるけれど、保管所の連絡先と道順を教えてくれて、対応がとても優しい。

交番を出るや、恵さんは自転車保管所に携帯電話で連絡をとりました。男性がでて「どういう自転車なんですか?」と聞いてきたので「紺のフレームでタイヤが細く、シンプルな造りで車体は軽い。フレームの端にアルファベットで製造元のネーミングが小さく記されているので一目瞭然です」。恵さんは早口でまくしたてるように話ました。「ちょっと待ってくださいよ」。男性がのんびりといってきます。ほんの数分だったけれども、恵さんにはとても長く感じられました。「ええ、たしかに、その自転車を保管しています」「ほんとですか。よかった。ありがとうございます」。恵さんは携帯電話を手に何度も頭を下げました。すぐにでも駆け付けたかったのですが、本人を確認できるものが必要とあって、それらを持ち合わせていません。「明日、間違いなく受け取りにいきます」。安堵が拡がってきます。フミさんに「今日は行けない」と連絡をいれ、その理由をかいつまんで説明すると「バカだね。ホントに」とあきれられてしまいました。ちょっとした気の緩みからの路上駐輪。弁解の余地はありません。

(次週に続く)

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第十五話   『駐輪違反のペナルティーは5000円』  

帰宅すると、恵さんはさっそくおまわりさんが教えてくれた自転車保管所をインターネットで検索しました。「受付時間は平日なら午前十時から午後七時半。日曜、祭日は午後四時まで。引き取りには本人確認のできる運転免許証、健康保険証などを持参。撤去保管手数料は5000円。保管期間は撤去の翌日から30日間」とあります。金額をみてびっくりしました。新品のママチャリは1万円台で買うことができます。そう考えると、あまりにも高額です。引き取りに現れない所有者も少なくありません。後を絶たない放置自転車に対する見せしめもあるのでしょうか。撤去作業に従事する駐輪監視員の人件費などを考慮するとこのぐらいの金額を徴収しないとやっていけないのでしょう。恵さんが住んでいる自治体の撤去自転車台数は約4万4000台(平成23年度)。地域によって駐輪違反の金額はまちまちですが、1000円〜3000円というところが多いようです。

退社後、恵さんは自転車保管所のある最寄駅に向かいました。駅から歩いておよそ20分。足の便がとても悪いところにあります。飲食街を抜け、幹線道路を渡ってしばらくすると景色が一変しました。倉庫が点在し、人影も疎らになってきます。

保管所の場所はすぐに分かりました。フェンスで仕切られた一角に煌々とライトが照らされていたからです。受付けにはとうに還暦を過ぎたと思える男性が眠そうな顔をして椅子に腰かけていました。保管所にやってくる人たちは独特な空気を身に着けているのでしょう。恵さんの姿を確認すると、ぴょこんと立ち上がり「自転車の引き取りですか」と声を掛けてきました。昨日、電話で話した男性とは別人のようです。おそらくシフトで働いているのでしょう。「ええ、昨日、連絡を差し上げたものですが」。恵さんはぼそぼそといいました。「身分を証明できるものはありますか」。男性は恵さんの保険証にちらりと目をやると「ごくろうさん」といってきました。「ここまで歩いてきたんですか。けっこう遠かったでしょう」。時間を持てましているのか、それとも根がお喋りなのか、孫のことまで俎上にのせ、放っておいたらずっと話しているようなタイプです。恵さんとすれば事務的に対応して貰いたかったのですが、なかなか解放してくれません。「いま、自転車ブームでしょう。それなのに駐輪場が少ないので放置自転車が増えてね。こっちは忙しくなっちゃって困るのよ」。男性が棚に置いてあるスクラップブックを取り出してここ数年間の放置自転車の撤去活動回数のデータを読みあげます。「行政ももっと本腰を入れて放置自転車対策に取り組んでほしいものですな」。分身である自転車を一刻も早く引き取りたいのに、その気持ちが男性に伝わっていないみたいです。自転車に対する考えを押し付けてくるので、正直、鬱陶しい。「これから予定がありますので」といって話を打ち切り、5000円を差し出すと「いや、これは、どうも。いま、領収書を発行しますからね」。男性の顔が心なしかほころんでいました。

(次週に続く)

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第十六話   『駅周辺で撤去される放置自転車は年間229万台』  

「これから、どうなってしまうのでしょう」。廃棄処分業者によってスクラップにされてしまうのか、それとも、車体の面影をとどめないほど手を加えられてリサイクル自転車として売買されるのか。自転車である私は負の要因ばかりを考えてしまいました。駐輪監視員から放置自転車のシールを貼られ、ひょいと持ち上げられて軽トラの荷台に積まれて搬送先の自転車保管所に向かっているときの衝撃が大きかったのでしょう。荷台には真新しいピカピカの自転車も含まれていました。不思議なものでタイヤやハンドルが曲がったまま、身動きが出来ないほどぎゅうぎゅう詰めにされている同輩たちは、新品の自転車でもどこか薄汚れてみえてきます。スイスイスイと風を切って軽快に走行する姿とは対極にありました。自転車としての体を成していません。同輩たちから落胆と焦燥、所有者に対する憤怒のようなものが伝わってきました。私は恵さんが引き取りにきてくれることは百も承知しているはずなのに、ゆとりがなかったのでしょう。気持ちが尖ってしまい、恵さんをどこかで非難していました。

落ち着いたのは保管所に到着し、順番に保管場所に並べられてしばらくしてからです。今日の出来事を振り返ると、いくつかの光景がフラッシュバックし、それがいつしか一枚の絵になりました。保管所で過ごす初めての夜。フェンスの照らしているライトが消えるとそれまで愚痴や嘆きを口にしていた同輩たちも一様に押し黙りました。ぬくもりを失ったペダルやサドルはなにも語ってくれません。私はうつらうつらしながら朝を迎えました。新聞配達のバイク音が聞こえ、ヒューと警笛を鳴らしながら始発電車が通過していきます。小鳥の鳴き声がします。そのとき、気持ちの中で一陣の風が吹きました。すると、思考がゆっくりと動き始め、まあ、いろんなことがある。これもいい経験さと前向きになってきて、恵さんが引き取りにやってくる姿を絵の中に重ねていました。

放置自転車はいったん保管所に集積され、一定期間(1〜2か月)持ち主が現れるのを待ちます。内閣府の調べによると駅周辺で撤去された自転車だけでも全国で年間およそ229万台(2010年)。このうちおよそ半数の100万台は持ち主に返還されますが、残りは売却、リサイクル、廃棄処分にされます。修理し、中古自転車として再生される36万台のうち、国内で再利用されるのは25万台、海外へ譲渡されるものが11万台となっています。先の東日本大震災ではリサイクルされた放置自転車が大活躍しました。 放置自転車の対応は自治体によってさまざま。持ち主が現れなかった自転車をシルバー人材センターに譲渡し、組み立て、整備して地域住民に販売しているところもあります。廃棄処分の場合、業者に引き取ってもらうことになりますが、その費用が高額でばかにならないため、再利用を心掛けている自治体も多いようです。

(次週に続く)

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