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  ショートストーリー  【自転車は風に乗って】短編小説 

 

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第五話  『先輩の快気祝いに自転車をプレゼント』  

「結局、病気になったおおもとはストレスだったんだろうな。その点、メグはマイペースだし。鈍というか、とろいのであまり感じないから、病気にはならないよ」。恵さんの学生時代の先輩・キムラさんの口の悪さは相変わらずです。どうして、いつもひとこと多いのか。でも、久しぶりの悪態を耳にして少し安心しています。 キムラ先輩は退院後、しばらく自宅療養をして職場に復帰しました。「仕事より健康だよ。病気をしてそれがよく分かった」。いまは定時になるとさっさと退社するといいます。主治医からは栄養バランスのとれた食生活と、適度な運動を勧められているそうです。

住まいは九州の地方都市。「通勤はどうしているんですか?」。恵さんの頭の中には自転車がありました。「いや、クルマだけど。それが、どうしたの」「自転車にしたらいいじゃないですか。運動になって体にもいいし」「えっ、自転車で」。キムラ先輩は驚いたような声をあげました。地方は聞きしに勝るクルマ社会。通勤、買い物はもちろんのこと、道路ひとつ隔てた向こう側に行くときでさえクルマです。地方に運動不足の人が意外に多いのもこのへんに原因があるのでしょう。自転車をプレゼントしよう。キムラ先輩と話をしているうちに恵さんの気持ちは固まってきました。

自転車屋さんのフミさんにこのことを打ち明けると、なぜか、いまひとつ乗り気じゃありません。つい最近、お店によく顔をみせる一人が姪の中学入学祝いに自転車を贈ったところ、お気に召さなかったたようで、別の自転車を購入しました。そのことが引っ掛かっているみたいです。「メグちゃんの先輩って、うちの自転車を知らないんだろう」。そんなことをいっているから、売り上げが伸びないんですよ、と喉元まで出かかった言葉をぐっと呑み込んで、「心配ないですよ。先輩は私と感性が似ていますから」と恵さんはでまかせをいいました。実際はまったく似ていません。

そこへ、近くに住んでいる税理士夫人のタケコさんがふらりと顔をみせました。フミさんとは幼馴染。ブンちゃん、タケちゃんと呼び合う仲です。姉御肌のタケコさんは「プレゼントね。いい話じゃないの」と恵さんに加勢してくれます。「この自転車が気に入らなかったら、そんときは、そんとき。ブンちゃん、割り切って考えないといつまで経っても、ちんまりした自転車屋から抜け出せないわよ」。タケコさんの助言もあり自転車のパーツは梱包されて先輩のところに送られました。恵さんは自転車の出費で当分、昼は500円ランチで済ませることにしました。480円のカレーを頬張り、キムラ先輩がにんまりしながら自転車に乗っている姿を思い浮かべながら、なんとなく幸せな気分でいます。(次週に続く)

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第六話  『自転車通勤で五感を磨く』  

「どう乗り心地は?」。恵さんが自転車をキムラ先輩にプレゼントしてからしばらく経ちました。「いいね。カイチョー、快調」「それはよかった」。二人が電話で話している内容が自転車である私にも伝わってきます。「いま自転車通勤してるよ。医者がいうには自転車での運動は肥満防止にもなるし、なによりもペダルを漕ぐことで心肺機能が高められるので体にいいって」。雨が降っている日や天候の怪しい日はクルマなので毎日というわけじゃありません。キムラ先輩はやや小太り。「月のうち半分以上は自転車かな。痩せるところまではいってないけど、体が喜んでいるよ」

恵さんは何度か九州にあるキムラ先輩の自宅に遊びに行っています。最寄りの駅から勤務先がある街の中心部まで自転車でのんびり走って40分ぐらい。恵さんは前屈みになってペダルを漕いでいるキムラ先輩の出勤風景を目に浮かべました。

海辺に添ってJRと並行する形で伸びている幹線道路。両側にガードレールで仕切られた歩道が続いています。そこを一台の自転車がとろとろと走行してゆく。ほかに人影は見当りません。地方都市はクルマ王国。朝夕は通勤のクルマで路上は一本の紐になり、それが信号でばらけたり、固まったりしながら途切れることがなく繋がっています。目の端にはいってきた駅のホーム。キムラ先輩は電車を待つ通学、通勤客が意外に多いことに驚き、朝食を出しているドライブインの駐車場にいつも決まったナンバーの大型トラックが数台、止まっているのをみて「どんなメニューなんだろう」と想像をめぐらす。

「つまりさ」とキムラ先輩がいいます。「同じ景色でも自転車とクルマとは目線が違うし、クルマで見逃していたものが自転車だとみえくるのがいいね。海を渡ってくる風、潮騒の呟き、磯の匂いなどがとても新鮮に感じられる」。自転車愛好者としてはまだビギナーのはずなのに達観した口を利く。このへんが、いかにもキムラ先輩らしい。

出勤スタイルは綿パンにジャンパー、足はスニーカー、背中にリュック、頭には自転車専用のヘルメット。右足のズボンの裾はチェーンに巻き込まれたり、汚れてしまう場合を想定して裾バンドで固定。会社に着いたら着替えます。自転車はママチャリではないし、クロスバイクとも違う。シンプルな形が珍しいのでしょう。周りから好奇の目でみられています。「あげな自転車で会社まで通いよる」というわけです。キムラ先輩は自転車通勤の指南役になるほど知識だけは豊富になりました。「どうです。自転車で通勤してみたら。五感が磨かれますよ」。近所の人たちは「そげなこと、いわれても・・・」と戸惑っているようです。 (次週に続く)

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第七話  『車道はロードバイクとクロスバイクがびゅん、びゅん』  

会社まで自転車で行ってみようかな?。気持ちが動いたのは自転車通勤を始めたキムラ先輩に触発されたからではありません。前々から一度、やってみたかったんです。ほんの、遊び心といったところですね。猫の小太郎がふだんと異なる雰囲気を察知したのか「今日は平日だろう。なのに、朝からどうして自転車なんだ」という目をし、首をかしげて「大丈夫かよ」という仕草をしました。

まずは出掛けてみよう。車道を、風を切って走行している自転車のほとんどは舗装された道を速く走るロードバイクと、マウンテンバイクとロードバイクの中間にあたるクロスバイクです。これらの高速自転車は歩道をとろとろ走っているママチャリと呼ばれるシティーサイクルには見向きもしません。水を得たサカナのようにびゅん、びゅんと遠ざかっていく。車輪の小さなミニベロという自転車も目につきます。ベロはフランス語で自転車の意味。小径車とも呼ばれ、小回りが利くので最寄り駅まで利用する人が多い。自転車通勤は確実に増えていますね。スーツにリュックを背負った人たちも少なくありません。

陸橋のある十字路で恵さんは車道にでました。歩道がなくなっていたからです。後ろからタクシーに急き立てられ、手を伸ばせば届くぐらいの近距離を荷物の積んだトラックがスピードを緩めずに追い抜いていく。危ない、アブナイ。風圧でよろけでもしたらと思うと、ぞっとして身が竦んでしました。

実際に通勤してみると分かりますが、都市の道路は自転車に優しくありません。原則、車道を走ることになっている自転車。朝のラッシュ時に車道をすいすい走れるのはかなりの熟練者です。歩道にしても駅や勤務先などに向かう歩行者と接触しないように神経を配るので肩が凝る。自転車専用道路があればいいのだけれど、それがない。というか、ないことはないけれど数が少ない。国内に8500万台もの自転車があることを考えると、日本はどうみても自転車後進国ですよね。いろんなところで環境問題などが俎上にあがっているけれど、エコロジーの自転車については具体的な対策が遅々として進んでいません。これ、どういうことなの。

企業の本社や官公庁の建物が並ぶ中心部にやってきて、恵さんはしまったと舌打ちしました。歩道は通勤する人たちで溢れ、身動きが取れなくなってしまったのです。自転車を引いて移動することにしました。別のルートをとればよかったと悔やんでみたものの、すでに手遅れ。「邪魔」「歩道に乗り入れるなよ」。通行人たちの不躾で尖った視線を感じながら、恵さんも自転車である私も、ああ、まだまだ自転車通勤は認知されていないなあと、溜息をつきながら空を見上げました。 (次週に続く)

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第八話 『勤務先に置いてある一台のママチャリ』  

恵さんの勤務先は河口にあります。本社は街の中心部にあり、組織上は支社になっていますが、分室みたいなところといったらいいのかな。のんびりムードがあり、勿論、ガツガツした上昇志向タイプもいるけど、押し並べてどこか吹っ切れたような社員が多い。

会社に到着すると警備のコジマさんが目ざとく恵さんをみつけました。「あれ、今日は自転車なの」。みれば分かるじゃない。自転車専用のヘルメットを被っているのだから。「困るんだよね、自転車通勤は会社じゃ認めてないよ」。お堅いこというなかれ。コジマさんは四角四面に物事をとらえるタイプで、決まり事や規則に縛られることがけっこう好きです。よくいえば几帳面、別な見方をすれば融通が利かない。家庭ではどんな生活をしているのでしょう。余計なことだけれど、つい、そう思ってしまう。コジマさんは仕方ないなという顔をし「今日はいいけど、自転車通勤は禁止ですからね」と念を押してきました。

会社は製造業なので社屋の裏手にトラック専用の駐車場があります。マイカーや自転車は見掛けません。いや、一台、あった。ヨシロウさん所有のママチャリです。通勤でなく、昼休みに使うもので、恵さんは何度か駐車場から自転車で出掛ける姿を目にしたことがあります。食事なのか、散策なのか・・・。一旦、外出するとなかなか戻りません。ヨシロウさんは再三、警備陣から駐輪をしないよう警告されていますが、糠に釘です。コジマさんの苛立ちをよそにヨシロウさんは自分のスタンスを崩しません。おそらく、駐車場にママチャリを置いていることに対し、目くじらを立てるようなことではないと考えているのでしょう。

ヨシロウさんは定年をすぐそこに控えた分室勤務の長い人です。シャイで無口。話し掛けても「うん」「まあ」「ええ」ぐらいしか返ってきません。そのため、誤解されることも多いんです。ドラマは昼に起こりました。社員食堂ではなく、久しぶりに外で食事をしよう。恵さんは同僚たちとつるんで社屋を出ました。駐車場の前を通り掛かったときです。ヨシロウさんが恵さんの自転車をしげしげと眺め、ハンドル、サドルとフレームを繋ぐシートポスト、タイヤなどに手を伸ばし、自転車を持ち上げて重さを量っていました。いろんなところに触れてくるので自転車の私もなんだかくすぐったかったのですが、パーツや部品のことを知っている扱いです。恵さんは同僚の輪から離れて、ヨシロウさんのところに駆け寄りました。「それ、私の自転車。今日、通勤したんです」というと、ヨシロウさんが頬を緩めて「な、自転車、いいだろう」といいました。「組み立て式の自転車で、軽いし、けっこう、いいですよ」というと、「これ、いくら。どこで売っているの」と恥ずかしそうに尋ねてきました。 (次週に続く)

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