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  ショートストーリー  【自転車は風に乗って】短編小説 

 

1話 2話 3話 4話

「この小話は自転車である私が主人公です。そのとき、自転車は何を思い、どう感じたか。自転車に乗るその人と共感しながら人間模様を描いていきます」   

著者 「秋本宏」

プロフィール「新聞社の出版部門で週刊誌記者を経て、現在、フリーライター」

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第一話 『私は自転車。 いきなり の長距離試乗』    

これも巡り合わせなんでしょうね。「あのう、この自転車に乗ってもいいですか?そのへんをぐるぐる回ってきたいんです」。その人は顎に髭を蓄えた自転車屋さんの店主と少しだけ向き合って話をした後、顔を逸らしてショーウィンドーに置かれている私を指差しました。「えっ、なんで」。私の知る限りではこの店のお得意さんではないし、おそらく初めて訪れたのではないかしら。一見さん。にもかかわらず、ぐるぐる試乗したいと。図々しいというか、けっこう押しが強い。   

自転車で20分ほどの距離に自然の残る公園があります。「あそこまで行きたいんですけど」「ちょっと、遠すぎるなあ」。店主はそれまで浮かべていた笑顔を引っ込めました。豪放磊落そうにみえますが、意外に気が小さくて心配性のところがあります。乗り逃げされることを警戒していました。「まさか、盗まれるなんてことを考えてるんじゃ」。図星でした。「大丈夫ですよ。あははっ・・・」。ここまで言われて拒んだら面子に関わります。「いいよ。乗ってきなさい。この自転車のよさが分かるから」。店主は強張った表情を緩めながら度量の広いところをみせました。

その人の第一印象はけっこうインパクトがありましたね。打ち合わせのため取引先に出掛けたついでに、同じ沿線にあるこの自転車屋さんに立ち寄ったそうです。勤務時間中にこんなことやってもいいのかなとお叱りを受けそうですが、「息抜きも大切な仕事ですから」とけろっとしたものです。

自転車の乗り心地に満足したその人は、予定の時刻を大幅に遅れて公園から戻り、その場で購入。後日、お店の軽トラで自宅まで運んでもらうようにしました。店主の嬉しそうな顔ったらなかったですね。「俺はあんたが店にはいってきたときにピーンときた。いいものを見る目をもっているなって」。いまさら何を・・・。ちょっと、恥ずかしくないかい。

あっ、申し遅れました。私は自転車です。名の知られたメーカーのものではありません。街の小さな自転車屋さんが生み出したものといえばいいかな、パーツを自分で組み立てて作っていくんです。ウリはシンプルで軽いこと。これといった機能の付いていない私は飾りっ気がないことからよく「ヘンなの」といわれます。でも、すっぴんが気に入っているので、まったく動じません。まさにシンプル・イズ・ベストですよ。

その人が私に関心を寄せたのはスポーツ紙に紹介された小さな記事でした。写真が掲載され、それに目をとめてくれたんです。恵さんといいます。(次週に続く)

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第二話 『自転車は猫とよく似合う』    

猫と自転車と風――。部屋の本棚に置いてある写真のキャプションにはこう記されています。五分咲きの桜を背にして自転車の前で猫を抱いている恵さん。私もこのスナップ写真が気に入っています。まだ、寒かったころ、自宅の近くにある小さな公園で桜の木を見上げながら恵さんが自転車である私に「桜が咲いたら、ここで写真を撮りたい」と言葉を投げ掛けてきました。柔らかな日差し中で桜に溶け込んでいる自分の姿を思い浮かべていると、恵さんは「小太郎も一緒にね」といいました。

彼は白地に黒いぶちのはいった三毛猫です。空き地の中に捨てられていたのを恵さんが拾ってきました。それから一年ほど経っているので、人間でいえば何歳ぐらいになるのでしょう。猫は優れた演出家で、そこにいるだけで気持ちを和ませてくれます。自転車ともよく似合い、相性もいい。単に、猫好きだからそう思うのでしょうか。私は小太郎と知り合う前から自転車に寄り添う猫の姿をイメージしてきました。

私の居場所は玄関先です。小太郎は私の車輪やペダルに顔や体を押し付けてくるのが好きで、これもコミュニュケーションのひとつ。当初はちょっと戸惑いましたが、今ではそうされることが密かな楽しみになっています。私がこの家にやってきたとき、彼は異物を眺めるように、こわごわと遠目から様子をうかがっていましたが、好奇心には勝てなかったようで、そのうちにタイヤに爪を立てたりしてちょっかいを出すようになりました。

私と恵さんが外出先から帰ってくると、小太郎は100メートルも先からその気配を察知して、駆け寄ってきます。そして、恵さんの足元で仰向けになる。「どうしたのよ、小太郎」と声を掛けてやると、彼は嬉しくなって、ますます調子に乗って、ごろんごろんと体を動かします。恵さんは彼の白いお腹を撫でてあげます。うっとりとした目。なにを考えているのでしょうか。

桜の季節は入学、入社、転勤、引っ越しなどが重なり自転車が脚光を浴びるシーズンです。穏やかな日差しに誘われて自転車での外出も増えてきます。風に吹かれ、風と戯れ、風に言葉を投げ掛ける。この爽快感は何ものにも代えがたい。ふだん見過ごしていたちょっとした景色がとても新鮮です。日曜日の朝のこと。天気がいいので恵さんは距離にしておよそ二十キロ先の展示場まで自転車で出掛けるところでした。小太郎は恵さんが外出することを察知してまとわりついてきます。「留守番だよ」というとニャー、ニャーと鳴いて「連れていって」と目で訴えてくる。「後ろ髪を引かれるような気持だなあ」。恵さんは振り返ることなくペダルを漕ぎ始めました。 (次週に続く)

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第三話 『自転車がタウン誌の取材を受ける』 

自転車屋さんの店主の名前は「文彦」。それでみんなからフミさん、ブンちゃんと呼ばれています。彼の周りにはけっこう人が集まってきます。もしかして人望があるってこと?いや、いや、そういうことではありません。なんていったらいいのかな。いつも顔を突き合わせているとくたびれるけど、たまに会うと賑やかで楽しいタイプ。いるでしょう、そういう人って。時々、いたずらを仕掛けてくることがあります。

恵さんはメグちゃんです。職場でもそういわれているのでネーミングには違和感はありません。土曜日の朝、フミさんから電話がはいりました。「メグちゃん、昼前に来ない?どうせ暇してるんだろうから」。いわれてみればこれといった予定はありません。でも、頭ごなしに暇でしょうといわれると、勤め人のプライドとして少しむっときます。部屋の片づけもあるし、クリーニング屋さんに持っていくものもある。自転車である私をピカピカに磨くのも週末のささやかな楽しみ。「まあ、暇があるといえばあるし、ないとえばないですけどね」「なにごちゃごちゃいってんの。すぐ来いよ、待ってるから」。こう言ってフミさんは一方的に電話を切りました。フミさんが配慮に欠ける対応をするのは気心の知れたお友達だけですから、妙に気に入られていますね。

恵さんは行くとも、いかないともいわなかったのにすでに気持ちは動いていました。途中、ホームセンターに立ち寄って自転車に掛けるシートをもみたかったからです。思いも寄らなかったのはフミさんがタウン誌の取材を受けていたことでした。恵さんが自転車屋さんの入り口に立つと、テーブルを挟んでフミさんが小柄な記者と、小太りのカメラマンと向き合っていました。フミさんは「おおきた、きた。やっとこさ現われた」といって手のひらひらさせています。「この人がさっき話していたメグちゃん」。話していた?なんとなく嫌な感じがします。自転車である私にはピーンときました。

取材はあらかた終わったのでしょう。フミさんが茶目っ気たっぷりにペロリと舌を出しました。「自転車屋を始めたきっかっけとか、どうして組み立てなのかとか、しょうもない質問ばかりするんで、この記者を叱りつけてやったとこなのよ」。ちょっと風変わりな自転車が珍しいのか、フミさんはこれまでにいくつものメディアにり上げられています。「おんなじことをいわせるなっていうの」。記者がにこにこしています。おそらく、満足のいく取材ができたのでしょう。「それじゃ、表でお願いします」。カメラマンが恵さんに向かってぽつりと言いました。なになに、聞いてないぞ、そんなこと。ざわざわした予感が的中してしまったのです。「メグちゃんが自転車に乗っているところを撮るんだよ」。私と恵さんとのツーショット。フミさんが面白がっています。 (次週に続く)

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第四話 『自転車で寄り道して銭湯に』      

タウン誌が発行されたその週末。フミさんのところで遅い昼食をとることになりました。自転車好きが数人集まり、その中に恵さんがいます。私の兄弟、姉妹、親戚筋の自転車を片付けてスペースをこしらえ、そこに折り畳み式のテーブルを出しての食事。ま、お花見みたいなものですね。ドリンク、食べ物などは各自、持ち寄り。恵さんは自転車でやってきたのでアルコールを口にしません。幕の内弁当とミネラルウォーター、缶コーヒー。帰り、商店街の一角にある銭湯に浸かることを楽しみにしています。リュックにお風呂道具一式を詰め込んでました。下町の風情を残すその商店街は恵さんのお気に入りポイント。銭湯は自転車に乗っていて見つけたんです。路地もなかなか味わい深く、井戸が残されていたのには驚きました。

食事中の話題はもっぱらタウン誌の記事です。扱いはカラー見開き2ページ。恵さんが自転車に乗っている写真が大きく掲載されています。記事の反響は不思議なくらいありません。転勤先からこの春、本社に戻ってきたばかりのユウジさんが誌面の中でやや硬い表情をしている恵さんと、目の前でにこにこしている本人とを見比べています。「サプリや健康食品の広告でおじさんや、おばさんたちが快調、快便と笑顔を振りまいている写真があるでしょう。あのぐらいにリップサービスしてくれたらよかったのになあ」。バリバリのOL、サトミさんが異を挟みます。「自然体のほうが臨場感があっていいのよ」。フミさんが含み笑いを浮かべました。「メグちゃんてさ、目元あたりが魚のボラに似ていて愛嬌があるよ」。カズヤ君が面白がっています。「そういわれてみるとメグさん、ボラに似てなくもないですよね」。彼は社会人一年生。趣味は自転車と海釣り。一度、回転すしを一緒に食べたことがあります。恵さんはアジ、サバ、イワシ、サンマなどいわゆるヒカリものといわれている魚が好きなので、その皿ばかりを手にしていました。それを覚えていたようです。「青身の魚ばかり食べているから、ボラに似てきたんじゃないですか」「あははは・・・」。もう笑うしかありませんね。

恵さんはタイミングを見計らってフミさんのところをあとにして銭湯に向かいました。自転車である私と軽快にスイスイスイ・・・。暖簾を出したばかりの建物からお湯の軟らかい匂いがしてきます。ひとつの発見をしました。周りに私の仲間がけっこう駐輪されていることです。減少している公衆浴場。遠くから自転車でやってきたのでしょう。湯上りのほてった体を風にさらして走る自転車にはまた格別の爽快感があります。恵さんですか?脱衣場の鏡の前で目元を観察していました。「ボラに似ているかな」とぶつぶつ言って。次週に続く

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